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 あなたは虐待を受けていました。

 あなたの親は所謂毒親で、あなたのことをいつも否定してきました。というのも、あなたの両親は俗に言うデキ婚で、あなたが生まれたから結婚したのです。

 結婚するには経験不足で未熟な若い二人はあなたを育てながらの結婚生活に苦労し、すれ違いの日々が続きます。

 そんな苦しい日々が続くことを二人はあなたが生まれてきたせいだというのです。あなたさえいなければ、まだあの頃のような甘酸っぱい恋人の時間が楽しめたのに、と。

 あなたは幼い頃からそう言われて育ったので、自分は生まれて来ない方がよかったのだとすっかり諦めていました。どんなにお勉強ができても、どんなに一番になっても、両親はあなたを評価してはくれません。あなたが嬉々としていると、むしろイライラしたように、ゴミを見るような目であなたを見下してきます。

 父は酒に走り、癇癪を起こすようになりました。殴る蹴るなんて序の口、酒瓶や瀬戸物など、流血を伴う怪我をするであろうものをあなたに投げてきます。しかも、割れたら片付けるのはあなたです。手袋もつけさせてもらえません。痛くてなかなか片付けられないでいると、破片の散らばった床にぐりぐりと頭を押しつけられて、さっさとしろ、と踏みつけられます。

 常に傷だらけ、もしくは傷を隠すために真夏でも長袖のあなたは周囲から浮いて、遠巻きに見られるようになりました。

 母はというと、何故か父ととても仲がよく、父も母には暴力を振るいません。その分、あなたのことはいないものとして扱います。つまりはネグレクトです。ごはんがないことなんてざらで、洗濯もあなたの分だけされていなかったり、洗濯物を取り込みに外に出ていたら締め出されたり、旅行や記念日などのお土産やケーキがあなたの分だけなかったり、とそれはまあ様々ありました。

 それを虐待というのはあなたも学校で習いましたから知っています。けれどあなたには「そもそも自分が生まれてきたのが間違い」という考えが根づいていて、強く根づいたその考えは簡単には改められないものでした。

 それでも虐待は犯罪です。あなたは犯罪という言葉がとても怖く感じました。自分の証言一つで、あなたは両親を犯罪者にできるのです。それが、とてつもなく恐ろしくて、あなたは誰にも相談できずにいました。譬それが事実だとしても、誰が進んで身近な人物を犯罪者だと告発したいでしょうか。少なくともあなたにはできませんでした。

 このままでいいとも思っていません。それならば、どうすればいいというのでしょう。

 あなたは自殺の名所と呼ばれる場所に来ていました。海に身を投げるためです。

 この崖から落ちれば、殴られた痕や傷などは崖に引っかかったものとしていくらか誤魔化せるでしょう。それに、海の藻屑となれたら、自然に還れますし、こんな自分でも魚の餌にくらいはなれて、世のためになれるかもしれません。あなたはそう考えたのです。

 爽快な空の下、綺麗な海になれるのなら、最期くらいは笑っていいだろう、と思ったあなたでしたが……

「今宵も始まるミラクルナイト。曇った空にシューティングスター。はい。ラジオパーソナリティです」

 音量を間違えたラジオのようなアナウンスが横やりを刺してきました。気づけば、古くさいラジオがあるではありませんか。誰かの忘れ物でしょうか。

 というか、今は清々しいほど真っ昼間なのですが……

「あなた、こんなところに来て、どうするつもりですか?」

 ラジオパーソナリティを名乗った声があなたに問いかけてきます。当然あなたは混乱しました。

「え? これラジオじゃないんですか?」

「ラジオですよ」

「じゃあなんで会話が成り立つんですか?」

「双方に聞こえているからですね」

「そういうことを聞いてるんじゃないんですけど……」

 はあ、とあなたは溜め息を吐きました。出鼻を挫かれた感じです。

 かといって、投身をやめるつもりはないのですが。

「まあ、袖振り合うも他生の縁と言いますから、話してみては?」

「そう、ですね……」

 どこの誰かもわからない相手です。つまりは相手も自分のことを知りません。それなら話しても勝手に親を告発されることはないでしょう。

 そう判断したあなたは念のため話を多少端折って現状を説明しました。

「親を犯罪者にしたくないのなら、証拠である私が消えればいいじゃないですか。それならもう、死ぬしかないじゃないですか」

 あなたが結論を話すと、ラジオパーソナリティは言いました。

「死ぬしかないかどうかなんて、死んでみないとわからないじゃないですか」

「へ?」

 あなたはその一瞬で視界が真っ暗になりました。何が起きたのか、さっぱりわかりません。

 聞こえたのはラジオパーソナリティの声だけです。

「ゲストの方、ありがとうございました。また次回」

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