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第13話 隠していたのに……

「あ、東谷っ!」


東谷の耳に俺の声は届いているはずなのに、東谷は振り返ることなく俺の手を引いたまま足早に先を歩くだけだった。


そんな俺たちと廊下ですれ違う同僚が何人かいたが、誰も話しかけたり止めたりせず、東谷の顔を見てサッと目を逸らしていた。


後ろを歩く俺から東谷の顔は見えなかったが、握り締められた手に込められる力から、東谷が怒っているのは明らかだった。


(俺、どうしたら……。それにさっきのって……)


『勇利先輩には今回のプロジェクトで、僕のサポートに入ってもらう予定なので』


(俺のことパートナーって言ってくれた……。俺を認めてくれて……。でも……)


目立たないようにこれといった成果も上げず、ひたすらノルマをこなしながら将人の仕事を手伝う日々の俺なんかを認めてくれたと正直嬉しかった。


だが、俺がプロジェクトに加わっても東谷の仕事を手伝えるだなんて到底思えないし、何と言っても周りが認めるはずがなかった。


(将人だけじゃない。正気かってみんながそう思う。そうだよ、俺なんかができるわけ……。東谷に迷惑かけるだけだ……)


そう思うなら、さっさと無理だと東谷に言えばいいものの、俺は黙って手を引かれ、ただ東谷の後ろをついていくことしかできなかった。


(俺はずるい……。また東谷に甘えてばかりだ……。本当に諦めたいなら自分から突き放せばいいのに、それもできない。結局今もこうやって、東谷の手を振り解けないで……)


握りしめられたままの手を俺はじっと見つめていると、急に東谷は足を止めた。


足を止めた場所は会議室で、東谷は入口前に空室と書かれたプレートを会議中にひっくり返すと、ドアを開けて中に入る。


俺も手を引かれるがまま中に入るが、ドアが閉まった音が会議室内に静かに響いても、東谷は俺に背を向けて黙ったままだった。


そんな東谷の姿に、俺はなんだか目の前にいるのが俺の知っている東谷じゃない気がして急に怖くなる。


「東谷……」


まるで東谷の存在を確かめるように東谷の名前を口にするが、返事はなかった。


だが、急に天を仰ぐように上を向いた東谷は、息をゆっくりと吐きだすと俺に向かって振り向いた。


振り向いたその顔は、俺の知っている、ずっと見ていた東谷の顔だった。


「すみません。感情を抑えられるほど、俺はまだ大人じゃなかったみたいです。勇利先輩に格好悪いところを見せてしまいました」


コンビニのロゴが入ったビニール袋を持った手で首の後ろを掻き、少し照れたように笑う東谷に俺は必死に首を横に振る。


「格好悪くなんかない!」


思わず大きな声が出てしまい、東谷は首の後ろを掻く手を止めて驚いた顔をする。


「勇利先輩……?」


「格好悪いわけないだろ。だって俺の代わりに怒ってくれて……。俺の……」


言いかけたのは、東谷に握られたままの手に力が込められたからだった。


そこで俺は、まだ手が握られたままだった事にやっと気が付いた。


「あっ……。東谷……手が……」


「手が……なんですか?」


「えっ……」


まさか質問で返されると思いなかった俺は、なんと返事をしていいか分からず困惑してしまう。


「勇利先輩はこの手を……本当に離して欲しいんですか?離していいんですか?」


(そんなこと……)


本当はずっと握っていて欲しかったが、そんなこと東谷に言えるはずもなく、俺は言葉にせず、そっと頷いた。


「……。そう、ですか……」


握られていた手は、静かに離される。


「……」


俺は重なり合っていた部分に熱が残っていることを感じると、東谷の体温が自分に残されたように思え、手をじっと見つめてしまう。


だが、すぐに手の平の温度は下がっていってしまい、寂しさを覚えてしまう。

「やっぱり、離して欲しくなかったですか?」


「なっ……!」


言い当てられ、俺は顔に出ていたのかと恥ずかしくなり、動揺して顔が赤くなるのを感じる。


頬に熱がある感覚から慌てて手の甲で顔を隠そうとしたとき、ずっと握りしめたままだったキーホルダーの存在を忘れてしまい、手から零れ落ちてしまう。


「あっ……」


金属製のキーホルダーは手でキャッチすることができないまま、絨毯の敷かれた床にポタリと落ちた。


俺は慌てて膝をついてしゃがみ、もう遅いと分かっていながらも、手の平でキーホルダーを必死に覆い隠した。


(机の奥で今日偶然見つけて……。いやいや、持ち歩いていた理由には……。でも、な、何か言わないと……)


頭の中で東谷にもらったキーホルダーを持っていた言い訳を必死に考えても何も思い浮かばず、とりあえず俯いていた顔を上げた。


「東谷、俺……」


顔を上げた瞬間、重いものが床に落ちる音が急に響くと、何かに視界が遮られた。


その音は、東谷の持っていたビニール袋からお茶のペットボトルが床に転がり落ちた音で、視界を遮ったのは東谷の顔だと気付いた時には、まるで噛みつくように東谷に唇を重ねられていた。

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