将人から引き剥がされるように東谷に腕を引っ張られると、痛いと感じるほど力が込められていることに気が付く。
(なんで……)
突然の東谷の行動に俺の理解が追いつかなかったが、胸に抱き止められたと思うほど近くに引き寄せられた状態で見上げた東谷の顔は真剣で、将人に向けるその目の奥に怒りを感じた。
(俺のために怒ってくれてる……?)
そんなの勘違いだ。
俺の思い上がりだ。
言い聞かせるようにそう思うが、胸に湧き立つものを感じた俺は、東谷の真剣な顔を見上げながら見つめ続けてしまう。
(俺のため……)
だが、将人がいることを思い出した俺は、慌てて首を横に振って顔を背けるように俯いた。
「おいおい。冗談だって東谷も分かるだろ?そんな怒るなって。だいたい、コイツがこんなことで『俺に』怒るはずないんだからさー。なぁー?」
「……」
将人はわざと『俺に』の部分を強調し、俺は下唇を噛み締める。
それはまるで、逆らうことなんて決して許されない関係だと、俺に分からせるために言っているように聞こえた。
(そうだって言わなきゃ……)
いつものように、今までのように、将人の求める言葉を言うのは簡単だった。
だが、相槌の言葉は喉に詰まっているかのように出てこない。
(言わなきゃ……。もし将人の機嫌を損ねたら……。そうなったら……)
頭に真っ先に浮かんだのは、オメガだとバラされることよりも、東谷の立場が危ぶまれることだった。
(嫌だ……)
そう思った俺は意を決して手に力を込めた。
「お、俺……」
だが、言葉を続けようしたところで、まるで制止するかのように東谷に掴まれていた腕が軽く引かれた。
(東谷……?)
「そんな冗談が言えるほど仲が良かったなんて今まで知らなかったので、少し焼いちゃいましたよ」
東谷は掴んでいた俺の腕から手をゆっくりと離して満面の笑みを浮かべると、将人から俺を背に隠すよう一歩前に出た。
「けど、これから僕のパートナーになる人に、モラハラまがいのことはご遠慮いただきたいですね」
「はっ?パートナー?」
「えっ……」
(な、何言って……)
急な東谷の言葉に俺も将人と同じくらい驚いてしまう。
「勇利先輩には今回のプロジェクトで、僕のサポートに入ってもらう予定なので」
「はっ?ソイツに?それ正気なのか?」
将人の表情は俺の前に立つ東谷で見えなかったが、声色から信じられないと言った様子を感じ取れた。
「正気もなにも、この支社内で勇利先輩はもっとも適正な人材だと思っています。では、僕たちはこの後大事な打ち合わせがあるので、これで失礼します」
東谷は将人に軽く会釈をすると、急に振り向いて俺の手を掴んだ。
「行きましょう。勇利先輩」
「えっ?東谷?!ちょっと……!」
強く掴まれた手が引っ張られ、俺は頭が混乱した状態で東谷にただ着いていくしかなかった。