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第11話 見られたくなかった……

「こんなとこで油売ってんなら、暇だよな?ちょっとついてこいよ」


眉を顰めて明らかに不機嫌である将人に、キーホルダーを握りしめた手を掴まれる。


「将人、ここ会社だぞ。場所を考えろよ」


俺は小声で抗議しながら誰かに見られていないか辺りを見回すが、運良く廊下には誰もいなかった。


同期入社であったが、俺が将人の仕事を手伝っていることを少しでも疑われないよう、俺たちは会社で極力接しないようにしていた。


にも関わらず、社内で将人が俺のところに来るなんて、相当頭に血が昇っているとしか思えなかった。


俺は将人の機嫌を逆撫でして昨日のようなことを言い出されるのが怖くなり、掴まれた腕を振り解きたかったが、将人の手を優しく包むように掴んで、ゆっくりと俺の腕から離させた。


「ごめん、仕事が溜まってんだ。もう戻らないと……」


恐怖は決して表に出さないよう、俺は感情を隠しながら冷静に伝えた。


「なんだよ。俺のせいだって言いたいのか?」


「そういうわけじゃないよ……」


「そうだよなー。お前が朝には終わらせるって言ったから、俺は待ってやったのにさー。お前が時間守んねーで、サボったのがいけねーんだよなー?」


「それは……」


サボったと責められ、本当はアフターピルのせいで調子が悪くなったからだと反論したかったが、言い返したところで何も生まれないと思い、俺は言葉を飲み込んだ。


「だいたい、昨日はお前が調子悪いって言うから、俺は気を遣って早く帰してやったよな?」


「……。そうだね……」


「なんだよ?プレゼンの準備遅らせて俺への嫌がらせのつもりか?」


「だから、そういうわけじゃ……」


このままでは埒が明かない上に誰かに見られてしまうかもしれないと、俺は仕方なく廊下を見回して空いている会議室がないか探す。


だが目に入ってきたのは、一緒にいるところを俺が一番見られたくない相手だった。


「あっ!いたいた、勇利先輩。お昼これからですか?」


「あ、東谷っ……」


コンビニのビニール袋を片手に持った東谷が俺を見つけて手を振ると、嬉しそうに笑顔で駆け寄ってきた。


(まずい、見られた……)


そんな東谷の笑顔とは裏腹に、番である将人といるところを見られてしまった俺は、焦って将人から一歩離れ俯いてしまう。


(落ち着け……。将人が俺の番だってこと、東谷が知っているはずがないんだから)


そう自分に言い聞かせ、俺は速まる心臓の音を必死に落ち着かせる。


「あれ?玉木さんもご一緒だったんですね」


東谷は俺が将人と一緒にいることにそれほど驚いた様子もなく、笑顔を浮かべたままだった。


「おー、東谷じゃん。久しぶりだなー。あれ?たしか来週から出社じゃなかったっけ?」


「それ、昨日も勇利先輩に言われましたよ。みんな僕に会いたくないんですかねー」


「そんなわけねーだろ。営業部元エース様の凱旋なんだから。そういや昨日、コイツから会ったって聞いてたわ」


「へぇー……。僕と会ったことをですか?」


「そうそう」


「昨日……。そう、だったんですね……」


東谷は何か言いたそうに俺と将人の顔を見比べると、一瞬真剣な表情をしたように見えたが、すぐにまた笑みを浮かべた。


「お二人はお知り合いだったんですね。僕がこっちにいた時には、一緒にいらっしゃるイメージがなかったので、ちょっと驚きました」


「ど、同期なんだ!あ、あと、実は高校も大学も一緒で……」


嘘をついているわけでもないのに、番だと隠している後ろめたい気持ちからか、俺は話し方が辿々しくなってしまう。


「そうだったんですね。あ、そういえば……」


思い出したように何かを言いかけた東谷は、急に俺の耳元に顔を近づけてきた。


「酷いですよ。せっかくあの部屋で二人泊まれるようにしたのに、何も言わずに帰っちゃうんですから」


「……!し、知らない。勝手にそうしたのはお前だろ!」


狼狽えながら、俺は東谷から一歩後ずさった。


「なんだよ。俺がいるのに内緒話か?」


「いえ。久々に勇利先輩をランチに誘ったんですが、どうやら振られてしまいました」


「なんだ、昼飯まだなら俺を誘えよ。コイツと飯食ったって時間の無駄だぞ」

将人に肩へ手を回され指を差されながら笑われると、俺は思わず眉を顰めてしまうが、すぐに作り笑いを浮かべた。


「ははっ……」


人前で将人に蔑まされることは慣れていたが、東谷の前でされたのは初めてで、俺は恥ずかしさと情けなさでいっぱいになり、顔を上げることさえできずに乾いた笑いしか出てこなかった。


「昼は交流の大事な時間だって先輩に習わなかったのか?あっ、東谷の教育係はコイツだったか。じゃあ仕方ないかー」


将人は笑いながら胸ポケットからスマホを取り出した。


「俺なら今からでも、お前のプロジェクトに参加できそうな優秀な奴を何人か集められるぞ。きっと、プロジェクトの役に……」


「謹んでお断りします」


(えっ……)


はっきりと言い切った東谷の言葉に驚いて俯いていた顔を上げるのと同時に、俺は東谷に腕を強く引っ張られて将人から離された。

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