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第9話 キズモノオメガ

(んっ……。ここは……?)


体に伝わる感触からアスファルトの地面ではないことに気がつくと、俺は重たい瞼をゆっくりと開けた。


すると、すぐ目の前にうつ伏せで瞳を閉じた東谷の顔があり、俺の心臓は途端に跳ね上がった。


「あっ……」


思わず東谷の名前が口から飛び出しそうになるが、慌てて口元を押さえたおかげで、東谷は俺の隣で静かに寝息を立て続けていた。


(寝てる……んだよな?)


眼鏡が外されていてよく見えなかったため、俺は確認するためにそっと東谷に顔を近づける。


長い睫毛に鼻筋の通った顔。


ツヤのある唇。


整った顔に惹き込まれるよう無意識に、俺は東谷の頬に手を伸ばしかけていた。


(たしか、最後に会った日もこんな寝顔だったな……)


明かりが消され、ベット脇のサイドテーブルに置かれた間接照明の明かりに照らされる東谷の寝顔は、時が止まっていたように三年前と何も変わっていなかった。


(触れたい……)


そんな湧き立つような衝動を感じ、俺は東谷に伸ばしかけた手を止める。


(何してんだよ、俺……。俺には東谷に触れていい資格なんかないだろ……。こんな汚い俺に……)


そう言い聞かせ、俺は状況を確認するためにベットから軽く上体を起こすと、辺りを見回しながら記憶を辿る。


(たしか俺が道端で倒れかけたら急に東谷が現れて……。そのまま気を失ったのか……。それで、東谷が運んでくれた……ってとこか)


どうやらここは東谷が滞在しているビジネスホテルのようで、セミダブルのベットの他に机とテレビ、小型の冷蔵庫とスーツケースが部屋に置かれていた。


(こっちにはプロジェクトのために一時的に来ているだけだから、部屋は借りずにビジネスホテルで過ごしてるのか……。そう、一時的に……。だから、プロジェクトが終われば……)


また東谷に会えなってしまうと思うと、俺の胸は酷く締め付けられる。


同時に涙が溢れそうになり、そんな自分に嫌気が差す。


(……勝手だな。大体、会いたいとか会いたくないとか、それ以前の問題だろ。俺にはそんなことを考える権利さえないんだから……)


自分勝手な考えに胸の中で重たい溜め息をつくと、俺は外された眼鏡を探すため、もう一度辺りを見回す。


(あった)


サイドテーブルに眼鏡が置かれていることに気が付き手を伸ばすと、何かが枕の上にポタリと落ちた。


(冷却シート……?俺、熱があったのか……)


身体の異変は怠さぐらいしか感じないが、どうやらここに連れてきてくれた時には熱があったようで、東谷は俺のおでこにわざわざ冷却シートを貼ってくれたらしい。


それだけでなく、部屋に備え付けのナイトウェアにまで着替えさせてくれていた。


(ほんと、なんていうか……)


東谷の優しさに胸がいっぱいになり、思わず笑みが溢れながら剥がれ落ちた冷却シートをおでこに貼り直すと、俺はハッと思い出したように慌てて首元に手を当てた。


(よかった……。こっちは剝がれてない)


将人につけられた番の噛み痕を隠すために貼っている絆創膏が、そのままになっていることに俺は安堵するが、すぐに溜め息をついた。


(いや。もう知られているのに隠しても意味がないだろ……)


『それは……番のところに、ですか?』


数時間前に東谷から言われたことで、噛み痕を見られていたと悟った。


(本当は……知られたくなかった。気づかれてないと思っていたかった……)


アルファだと偽っているオメガだということも、噛まれたキズモノだということも全部、東谷には知られたくなかった。


(なぁ、東谷……。三年前、俺の首の痕を見たんだろ?なのに、どうして……)

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