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第6話 ペット

「おいっ!きーてんのか?」


「あっ、ごめん……」


昔を思い出してぼーっとしていた俺に、将人はアフターピルが入ったピルケースを顔に放り投げてきた。


「痛っ……」


「受けとんねーのが悪いんだろ。さっさと飲めよ」


「うん……」


返事はしたものの、まだ体が鉛のように重たい俺は、薬を飲むために上体を起き上がらせることもできなかったため、ピルケースを静かに手のひらに握った。


(こんなこと続けて、もう十年くらいか……。そして来月もまた……)


ふと、そんなことを考えると、俺の心は虚しさばかりが溢れて息が詰まった。


(忘れていたのに……。東谷に会うから、またこの気持ち思い出しちゃったよ……)


東谷に惹かれて、最後の思い出にと東谷に抱いてもらったあの日。


俺の境遇を素直に話せば、東谷ならきっと助けてくれたと思う。


だが、俺にはできなかった。


(だって、東谷のこれからの人生に俺は必要ない。邪魔なだけだから……)


握りしめていたピルケースを、俺は溢れ出しそうな東谷への気持ちを押さえつけるように、さらに強く握りしめた。


「そういや、俺が言った通りにノーパソは持ってきたんだろうな?」


「あっ、それならカバンの中に……」


ベット脇の革張りソファー上に置かれたカバンに視線を向けると、将人はスラックスを履いてベルトを締めながら向かっていった。


そして、俺のカバンから何も言わずにノートパソコンを取り出してカバンを床に放り投げると、ソファーに腰かけて目の前のローテーブルに足を乗せた。


「お前にやらせてやったプロジェクトのプレゼン資料、もうできてんだろうな?」


「ごめん。ちょっと自分の仕事が忙しくて、まだ途中なんだ……」


「はぁ?まだできてねーのかよ。お前の仕事より、俺の仕事が優先だろ」


「……」


将人は苛立ちながら膝の上に俺のノートパソコンを置いて画面を開くと、作り途中のプレゼン資料をタバコを吸いながら確認を始めた。


「なぁ、将人……」


「あ?なんだよ?」


「そのプレゼン資料って……。やっぱり、あのプロジェクトのなのか?」


「そうだよ。俺がこんな支社におさらばするために必要なんだから、気合入れて作れよ」


(やっぱり、東谷がやるプロジェクトのなんだ……。それなら……)


「あ、あのさ……」


「なんだよ?」


咄嗟に俺もプレゼンに参加したいと喉から出かけるが、そんなこと許されるはずもなく、俺は言葉を飲み込んだ。


「いや、なんでもない……」


「なんだよ。めんどくせーな」


「ごめん……。プレゼン通るといいな。あと、続きは明日の朝までに完成させておくから……」


「ったく、そんなの当たり前だろ。俺、来週にはプレゼンだって言っておいたよな?」


「うん……」


「あーあ。こんなギリギリにしやがって。俺が優秀なアルファじゃなかったら、間に合ってねーからな」


「そうだよな。ご……」


俺はいつものように謝ろうとしたが、何故か言葉が続かなかった。


そんな俺の態度に異変を感じたのか、将人は俺を睨みつけた。


「あ?なんだよ。何か言いたいのか?」


「べつに、ないよ……」


「そうだよなー。だってお前は、自分から俺のペットになりたいって言ったんだから、言いつけは守れるよなー」


「……ッ」


嫌味のように笑う顔も投げつけられる言葉も、今日はいつも以上に重たく胸にのしかかる。


(こんなこと、いつまで続ければいいんだろう……)


高校を卒業して大学に進学してからも、将人との関係は続いていた。


将人に言われるがまま課題を手伝ったり、蔑む言葉を浴びせられて酷く抱かれても耐え続けた。


それは、アルファだと偽りながら、父以上の建築士を目指すと決めた俺には必要なことだったから。


建築士試験に合格してフリーランスで働ければ、発情期になっても仕事の調整もできて、隠しながらも生きていける。


だから卒業さえすれば、将人との関係も終わりにできると信じていた。


『何言ってんだよ。お前はずっと、俺のペットだろ?』


『えっ……?』


『番のお前となら手軽に発情セックスできるのに、俺が簡単に手放すわけねーだろ。あ、そうそう。就職は俺の親父のとこにしろよ。俺が今までみたいにお前を使ってやるから。お前は一生、俺に逆らえない。いいな?逃げたらお前がオメガだってバラすからな』


『そんな……』


『いやー、オメガって本当に便利だなー。あの時、お前を噛んだ俺って天才だわ』


卒業すれば終わらせられると思っていた将人との関係は、夢を諦めた上に、最悪な形で続くことになった。


将人の父親が役員である大手ゼネコンに就職し、仕事が出来過ぎないよう演じて仕事量をセーブし、将人の仕事を手伝った。


そして毎月、アルファだと偽り続けるために、番である将人に身体を差し出す。


高校生の時、将人に縋った自分の思慮の浅さを、今でも呪っている。

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