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第5話 縋るしか……

『いい?渉は絶対にあの人の血を引くアルファなの。こんなに頭が良くてなんでもできるんだから、オメガのはずがない。優秀なアルファなら、必ずあの人が私たちを迎えに来る。だから一緒に待ってましょ。一緒に暮らし始めたら、ここに噛み痕をつけてもらうのよ』


(そっか。俺はアルファなんだ!アルファだって証明されれば、父さんと母さんは一緒に暮らせるんだ!それに、父さんと同じ建築家になったら、二人ともきっと喜んでくれるよね!)


子供の頃、母は白い首元を俺に見せながら、まるで呪文のように何度も俺に言い聞かせていた。


有名な建築士であった父の愛人として俺を産んだ母は、父の本妻には子供がいなかったため、自分がいつか本妻として迎えられると信じていた。


だが、小学校高学年の頃に無理やり父に第二次性診断を受けさせられた結果、俺がオメガだと判明すると、父は母と俺をあっさり捨てた。


それまでは養育費も支払われていたらしいが、それもなくなり、あっという間に苦しい生活が始まった。


三食をまともにとることも難しい経済状況の中、母は俺のことを国にオメガだと届け出ることはせず、自分に処方された発情期抑制剤を俺に飲ませ始めた。


俺がオメガでないと周りに偽り続ければ、父が俺を認めて迎えに来ると信じていたからだ。


毎日のように、父に噛み痕をつけてもらえるのを楽しみにしていた母。


それなのに、ある日、大金を持って帰ってきた母の首元には、誰のものかわからない噛み痕がつけらていた。


子供ながらに、オメガである母が何をしたのか想像ができた。


(俺がこのままそばにいては、この人をダメにしてしまう……。早く自立して、一人で生きていかないと……)


そう決意して、オメガだとバレる危険を避けるため友達も作らず、父以上の建築士になろうと必死に勉強を続けた俺は、私立の大学付属高校に学費免除の特待生として入学した。


そこで偶然、父方のいとこである、将人に出会った。


『俺、実は……』


今思えば、なんて軽率な行動だったんだろうと思う。


今まで家族は母のみで、同い年のいとこがいることさえ知らなかった俺は、兄弟ができたような気持ちになって、少し浮かれていたのかもしれない。


あの時、自ら俺の正体を将人に明かしてしまったことで、その後の俺の人生は大きく変わってしまった。


『将人っ!やだっ……!離せ……!』


どこから手に入れたのか、発情期誘発剤を将人に騙されて使われた俺は、将人の前で発情し、そのまま首元を噛まれて番となった。


妊娠しないようにとアフターピルを飲まされ、副作用の吐き気と眩暈で起き上がることさえできない俺に、将人は冷たく言い捨てた。


『お前の親父が、俺の親父にお前を売ったんだ。だから、恨むならお前の親父を恨めよ』


それは、耳を疑いたくなる話だった。


事務所の経営が傾いたため、父は将人の父親に資金援助を頼んだらしく、対価として差し出したのがオメガである俺だった。


将人は以前、ヒートを起こしたことで揉めたことがあるらしく、適当な番をもつことで、今後ヒートを起こさせないようにしようと考えたらしい。


(なんで……。どうして……)


捨てられただけでなく、物のようにやりとりをされた俺はもちろんショックだった。


だが、母は俺以上にショックを受け、そのまま生きる気力を無くしてしまい、心も身体も壊れて亡くなってしまった。


(いつか迎えに来てくれると信じていたのに、こんな形で裏切られて……。しかも、息子がこんな姿になったら当たり前だよな……)


一人残された俺は、国にオメガだと申請し、高校を中退して生きていくための生活費を稼ぐため、就職しようと考えた。


だが、どうしても、父以上の建築士になることへの夢は諦めきれなかった。


仕方なく父に頼ろうとしたが、経営していた事務所を立て直すことができないまま、行方をくらませてしまっていた。


途方に暮れていた俺が頼れるのは、たった一人の知り合いである将人だけだった。


(番である将人に首元を噛まれれば、その時点で発情。性欲を発散すれば発情も治まる……。それなら、抑制剤も不要でオメガだと隠して生きていける……。アルファだと偽って……夢を追い続けられる……)


高校生の俺には、将人に全てを差し出して縋る考えしか残されていなかった。

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