『何言ってんだよ。お前はずっと俺のペットだろ?』
ラブホテルのベットの上でうつ伏せ状態で気を失っていた俺は、将人が枕元に腰かけた微かな揺れで夢から目が覚めた。
眼鏡を外していたため、ぼやけた俺の視界に映る将人は、シャワーを浴び終えたのか、腰にバスタオル巻いた姿のままで濡れた髪をタオルで拭いていた。
「まさと……。もう、行くのか……?」
「当たり前だろ。俺は忙しいんだ。それなのに俺を待たせやがって」
「ごめん……。今日はちょっと……」
いつものようにメッセージで送られてきた待ち合わせ場所と時間には、会社から普通に向かえば間に合うはずだった。
だが、地下鉄のホームにあるベンチに座って電車を待っていると、電車到着のアナウンスが流れるたびに、ベンチから立ち上がることができなかった。
(行きたくない……)
そんな考えは許されるはずもないと分かっているのに、立ち上がろうとすると東谷の顔が思い出され、俺の心を塞いだ。
しかし、将人からの催促メッセージが何度も届き始めたため、俺は重い足取りで待ち合わせ場所に向かったのだが、初めて遅刻をしてしまった。
(ああ……。だから、今日はいつも以上に乱暴だったのか……)
記憶は途切れ途切れだったが、苛立つ将人に手酷く抱かれながら、それでもはしたなく自分から何度も求めたことは覚えてる。
(ほんと、こういう日は……。自分が本能で生きてる下等生物であるって認識させられる……)
溜め息のように静かに息を吐き出した俺は、顔や腹回りにベタつきが残っていることに不快感を覚えるが、今日はいつも以上に発情の反動が酷く、上体を起こすことさえできなかった。
(俺もシャワー浴びたいな……。こんな時、東谷ならきっと……ってサイテーだな俺……)
東谷なら、こんなズタボロの俺を見たら優しく濡れタオルで身体を拭いてくれるだろうと想像した俺は、自己嫌悪に陥りながら、濡れた髪をタオルで拭く将人の背中をそっと見つめた。
しばらくそのまま見つめていると、霞む視界に映る逞しく男らしい体格の将人の背中に、赤い爪痕がいくつも残されていることに気が付いた。
(今日はバックでしかしてない……よな。ってことは、俺がつけた痕じゃないってことか……)
将人は自分の背中に残された傷に気付かない様子で、ベットに腰かけながらワイシャツを羽織った。
(また、俺以外のオメガに手を出してるのか……。ほんと、発情期中毒だな……)
呆れと同時にこみ上げてくる虚しさをグッと抑え込むように、横顔を埋める枕を指先で静かに握った。
(分かってる。俺はそれを利用して、ずっと今まで生きてきたんだ。そして、これからも……)
月に一度だけ発情した俺を抱く玉木将人は、高校時代に初めて出会った父方のいとこだった。
そして、俺の首元に痕をつけた、俺の番だ。