「エンプロビジョンを買いたい」
「え?! 竹野くんの会社?」
「あぁ、そうだ」
竹野は人材派遣会社、エンプロビジョンから派遣されている派遣社員で、景隆や新田の評価はかなり高い。
「でも、売ってくれるのか?」
竹野のような優秀な人材を抱えているのであれば、会社を手放すことは愚策にしか思えない。
「エンプロビジョンは俺が知っている中で、一番儲かっていないんだよ」
「え!? マジで?」
エンプロビジョンは柊が勤務するアクシススタッフの子会社の中の一つだ。
柊はいつの間にか、これらの子会社の財務情報を調べていたようだ。
「竹野くんは例外なのか?……まぁ、竹野くんの見た目は
景隆は竹野以外の人材が、あまり優秀ではないのかと思い始めた。
「いゃ、俺が調べた限りでは、エンプロビジョン派遣社員は顧客の評価が高い」
「えー、じゃあなんで儲かってないんだ……」
「営業が下手くそでなぁ、顧客に安く人材を提供しているんだ……
おそらく、エンプロビジョンは人材の能力を正しく評価できていない」
「だから、竹野くんがあんなに安かったのか……なんだか世知辛いな」
「しかも、顧客によってはアクシススタッフが中抜きしているから、エンプロビジョンとその派遣社員の取り分はさらに少なくなる」
「マジで悲惨だな……」
この時代では、二重派遣や三重派遣が横行しており、派遣社員の収入は雀の涙だ。
竹野に関してはエンプロビジョンから翔動へ直接派遣されているため、中抜きがない分、報酬は高めだ。
景隆は自分が正規雇用で働いていることを幸運に思った。
「なので、エンプロビジョンの優秀な人材の派遣先を、もっと高く評価してくれる顧客に変えるとどうなる?」
「一気に収益が改善するな!」
「そう、買収した会社が収益を上げれば、翔動の利益にも大きく貢献するし、何なら企業価値が高まった時点で売却してもいい」
「もはや、一石何鳥かわからんな……」
「もしかして、竹野くんを雇ったのは……?」
「あぁ、エンプロビジョンの人材の働きぶりを直接確認しておきたかった」
「はあぁ……柊は何手先まで読んでるんだよ……」
景隆は呆れるしかなかった。
「今は就職氷河期って言われているだろ? 石動にとっては想像もつかないかもしれないが、俺の時代では人材難なんだ」
「ってことは今と逆ってこと?」
「あぁ、そうだ」
「うそーん」
「まぁ、信じられないのも無理はない」
この時代では、柊もかなり苦労してアクシススタッフに入社している。
したがって、景隆がこれを信じられないことは理解できる。
「俺達の世代は正に氷河期なんだが、これは雇用される側の視点なんだ」
「というと?」
「逆に雇用する側――つまり、お前のような経営者にとっては優秀な人材を割安な報酬で得られる……これってチャンスだと思わないか?」
「確かにそういう見方もあるのか……」
「今の時代、竹野くんのように優秀な人材がごろごろと埋もれている」
「それを俺達が発掘して磨けば……」
「そう、世の中がよくなって、ついでに俺達が儲かる。順番は逆でもいいが」
「サポート人員をどうするかって話が、いつの間にか急にでかくなったな!」
「今の大企業は既存の社員の雇用を維持していく必要がある。なので、新規雇用が難しい」
「俺達のような零細企業にとっては、そんなしがらみがまったくないってことか」
景隆は当初、柊の未来の知識があれば世界をとれるという、漠然とした感覚しかなかった。
翔動設立時には、特にビジョンを設けていなかったが――
「なんとなくだが、会社の方向性が見えてきた気がするぞ!」