「うわー、すごいな……」
景隆は初めて都会に出てきた少年のような表情で言った。
「堂々としてろよ」
柊は口を半開きにしている景隆に釘を刺した。
ホテルのホールでは、MoGeの上場を記念したパーティが開催されていた。
パーティは立食形式で行われ、豪華な料理が並んでいた。
「おぅ、お前ら似合ってるぞ!」
「霧島さん、ありがとうございます」
「こういうのは、舐められたら終わりだからな」
景隆と柊は霧島の好意により、霧島プロダクションのスタイリストにコーディネートされた準礼装に身を包んでいた。
ヘアメイクアーティストによって髪が整えられ、二人はこの場においても遜色がないほどに仕上がっていた。
「お二人とも、素敵ですよ」
声をかけられた景隆は絶句した――カクテルドレスを着た橘はこの世のものとは思えないほど美しかった。
普段かけているめがねは外しており、柔らかな笑顔は一瞬で男性を虜にするほどだ。
周りの男性――女性でさえも、橘をチラチラと盗み見ている。
(メガネは本来の力を抑え込む拘束具だったのか?……A.T.フィールドがないとやばいのでは?)
「あ、ありがとうございます。このような場は初めてなので……」
「なーに、お前らはこの先何回でも呼ばれるようになるさ」
霧島は予言めいたことを言い放ち、去っていった。
「あら? 柊くん、今日はすごくカッコいいじゃない?」
「ありがとうございます、姫路さん」
(この人が……《《女帝》》……)
景隆は姫路の存在感に圧倒されそうだった。
彼女の落ち着いた声は威厳と知性を兼ね備えており、その目は鋭い輝きから強い意志が伝わってくる。
「紹介します。石動です」
「あら? デルタファイブの?」
「は、はい!……よくご存知で」
景隆はデルタファイブのサーバーで重大な問題が発生し、アストラルテレコムに報告した際に姫路との面識はあった。
そのときは末席にいたので、自分の存在が認知されているとは夢にも思わなかった。
「一応、今日は出資者兼、ビジネスパートナーとして来ています」
「ということは、柊くんと一緒に立ち上げた会社の――」
「はい、株式会社翔動の石動と申します」
景隆は姫路と名刺交換をした。
これで景隆は姫路の名刺を持つ数少ない一人となった。
「それにしても……二人は雰囲気がすごく似てるわね?……兄弟ではないでしょうし」
((ギクッ!))
姫路に核心を突かれて、二人は表情に出さないように気をつけたが、それが姫路に通用しているかは未知数だ。
「まあ、いいわ。ゲームの件はよろしくね……これは私からの
そう言って姫路は去っていった。
言外に
実際に勅命を賜っているのはアストラルテレコムの社員だ。
「ふぃー……寿命が縮んだよ。柊はよく平気でいられるなぁ」
「今回は外野みたいなもんだから、姫路さんが言ったように気にしなくていいだろ。別にクビにされるわけじゃないし」
「そりゃそうなんだけどさぁ……」
二人は姫路の人事権の範囲外にいるため、アストラルテレコムの社員や関係者と違い、安全な場所にいる。
「柊くん……で合っているかな?」
「はい、船井さん」
(えええっ! フナイモン?!)
船井はインターネット関連企業エッジスフィアの社長である。
巧みな資金調達を行い、次々と企業を買収して会社の規模を拡大している。
メディアの露出も高い。
「よかった、一度会ってみたかったんだよ」
船井の表情は微笑んでいるが、目つきは獲物を狙う鷹のようだ。
「こちらは石動です」
柊の紹介で景隆は船井とあいさつを交わした。
「えっと……どういったご関係ですか?」
船井のことは柊からは聞かされていなかった。
「実は以前に柊くんと勝負して、僕がコテンパンに負かされたんだよ」
船井は笑いながら言った。
「えええっ!?」
『どういうことだ?』
『梨花さんのオーディションで、競争相手のアドバイザーだったんだよ』
『あぁ、なるほど……』
「柊くんとは、
どうやらMoGe社長の信濃に呼ばれているようだ。船井は残念そうに言いながら去っていった。
この先、船井とは
***
「――まるで伏魔殿だな……」
景隆は次から次へと遭遇する大物人物に目が回りそうだった。
景隆の名刺入れの中身はものすごい状態になっている。
「やはり柊さんも来ていたんですね」
「ご無沙汰しています。
「はい、あちらに――」
槻木が指した先にはステージがあり、長町による祝辞が始まっていた。
『長町さんのマネージャーだ』
柊は景隆に耳打ちした。
槻木は身長が高く、端正な顔立ちをしている。
長町を担当していることから、相当優秀であることが伺える。
かけているめがねが逆光で反射しており、エリート銀行員のような印象を受けた。
「なるほど、信濃さんも考えましたね」
柊は感心するように言った。
「どういうことだ?」
景隆にはさっぱりだった。
「長町さんがゲームに出演することは非公開情報だ。だけど、この場の参加者にその可能性をほのめかすことができる」
「なるほど……」
出資者にとっても『長町伝説』は有名だ。
彼女の存在は今後の株価に大きく作用するため、この場で登場したことは大きな意味を持つ。
「美優はまた柊さんのところに行ってたみたいですね」
槻木はヤレヤレと肩をすくめていた。
「槻木さんの許可をもらうように言ってはいるのですが……」
長町は単独で行動することを好む。
柊は長町に苦手意識があるようで、槻木の管理下にいてほしいようだが、そうはいかないようだ。
「また、美優が勝手なことをしだしたら、ご連絡ください」
そう言って、槻木は石動に名刺を渡し、長町の手綱を握りに行った。
「柊さん、お楽しみいただいていますか?」
「はい、信濃さん。上場おめでとうございます」
「ありがとうございます、これも柊さんのおかげです」
おそらくリップサービスなのだろうが、景隆は今日の主役である信濃にここまで言わせるのは大したものだと感心した。
「あの、信濃さん――」
景隆はここぞとばかりに、要件を切り出した。