「おぅ、石動! お前が発掘した才能は恐ろしいな!」
景隆を霧島プロダクションの社長室に呼び出した霧島は、開口一番にこう言った。
「先日のイベントをきっかけに、いくつかの依頼が来ています」
船岡から説明された大河原への仕事依頼は、さまざまであった。
イベントの司会やプロモーションビデオのナレーションなどがあり、中には自分の結婚式の司会をして欲しいという依頼まであった。
「全部引き受けるわけではないですよね?」
「はい、菜月の学業がありますし、報酬が折り合わないものはお断りする予定です」
大河原は学業の制約もあるが、移動の時間を考慮すると、受けられる仕事は限られるだろう。
「その中でも前向きに検討したいのは……これですね」
船岡が提示した書類をみて景隆は驚いた。
「え!? 福岡ドーム!? 野球の場内アナウンスですか?」
「はい、毎日ではありませんし、ナイターやデイゲームであれば学業にもさほど影響しません」
野球のデイゲームは一般的に休日に行われる。
「この業界では実力以上に知名度が評価される場合が多いです。
無名の菜月にとっては、名前を売るチャンスだと思っています。
今回は高校生ということが、話題になる可能性があります」
大河原にとってはまたとないチャンスであろう。
景隆はよもや企業向けイベントから、こんな展開になるとは予想だにしなかった。
想定外なのは、目の前の二人も同様だろう。
「それで、なぜ俺がここに呼ばれたのでしょうか?」
景隆の疑問はもっともだ。
翔動のビジネスと、大河原のキャリアには間接的には影響があるが、呼び出されるほどではない。
「MoGeのゲームでは、うちの新人が出演することは知っているよな?」
「はい、柊から聞いています」
「今回の大河原の活躍によって、候補生も選抜の対象に入れることにした」
「ホントですか!?」
MoGeの新作ゲームにおいて、キャスティングで長町以外ではオーディションで出演者が決定される。
このオーディションに参加リストの候補に、大河原も立候補する権利ができた。
「MoGeからキャラクター原案が届きました。
当事務所からは一キャラクターにつき三名程度を事務所内のオーディションで選考する予定です」
景隆はMoGeから提示された企画書や、キャラクター原案に目を通した。
「このキャラが目玉になりそうですね」
景隆は長町が出演するメインキャラクターの妹役を指して言った。
ゲームの中では二番目に登場回数が多く、長町の人気に連れられて必然的に注目を浴びるだろう。
「はい、すでに所属タレントと候補生には告知をしており、もっとも希望が多かったのがこのキャラでした。
菜月もこのキャラでオーディションの参加表明をしています」
もし、大河原がこのゲームに出演できたら、当初に描いていたeラーニングのビジネス拡販に効果があるだろう。
「なるほど、そういうことでしたか。大河原さんは自力で土俵に上がるところまでこぎつけたんですね」
「そうだ。しかし、お前の存在がなければ、あいつは霧島カレッジの入学すらままならなかったんだぞ?」
霧島の発言に船岡が頷いた。
「名取から報告があってな。大河原の影響で声優コースの水準はかつてないほど高いそうだ
俺はお前にお礼を言いたかったんだよ」
社長の霧島にここまで言われると、景隆の胸に来るものが込み上げてきた。
柊とは違い、人生経験の短い景隆は柊ほど達観できていない。
「石動さんはこれ以上ないくらいに菜月をプロモートしていただきました。
したがって、菜月が正式に当事務所の所属タレントになっても、石動さんは直接お仕事があれば菜月に直接依頼していただいて構いません」
ここに来てようやく景隆が呼び出された理由が判明した。
大河原が人気声優になった場合に、このことが大きな効果を得られることが想定できる。
霧島プロダクションにマージンを払う必要がないばかりか、大河原の心情的に石動の仕事を優先して引き受けるだろう。
***
「お、よかったじゃないか! 石動ががんばった成果が出たな」
「まぁ、俺が大河原がんばったのを手助けしただけで、本番はこれからだけどな」
景隆は柊にこれまでの経緯を共有した。
「がんばった石動に朗報をくれてやろう」
「なんだよ、もったいぶって」
「MoGeの公募価格が決まったぞ」
公募価格とは、公開される株式が投資家に販売される価格だ。
「ええええええっ!」
景隆はその価格に驚いた。
公募価格は出資した株価の三倍になっていた。