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第49話 変身

「すんなりと許可が出て、びっくりしました」

「ええ、よかったです」

熊本空港に向かうタクシーで、景隆と船岡がほっとしたように言った。

イベント当日の大河原の欠席は、校長からあっさりと許可された。

今後も大河原が声優として活動するに当たっても同様のことが起こり得るが、これについても理解を示してもらえたのが大きな収穫であった。


「船岡さんのおかげですね」

景隆は感心して言った。


校長室での船岡の発言には説得力があった。

想定されるような不安要素はすべて対策が用意されており、反論の余地が一片もないと感じられた。


「石動さんの会社の信用力が後押ししたんだと思いますよ」

船岡はひと仕事終えた安堵感からか、柔らかな笑みを交えながら言った。

船岡の普段は隙がない印象と、時折見せる笑顔とのギャップが非常に魅力的で景隆の心を揺さぶった。


熊本県の片田舎の高校であるため、生徒のほとんどの進路は就職になる。

したがって、さまざまな職種を見たり体験することが奨励され、この学校では職業体験のイベントもある。

校長と大河原の担任はデルタファイブを知らなかったが、その協賛企業は有名企業がそろっていたため、このことが印象を良くした。


「出席率も問題なくて、学校の成績も良くなったのが決め手でしたね」

「ふふ、彼女は石動さんの期待に応えるようにがんばったんだと思いますよ?」


加えて、大河原は景隆と出会って以来、成績が急上昇していた。

これは、景隆が学業をおろそかにしないように言ったことを大河原が忠実に守ったためだ。

授業態度も如実に良くなり、担任の評価が高くなったのも後押しとなった。


「以前会った大河原さんとは別人でした」

「私は初対面でしたが、いい子ですね。彼女は伸びますよ」


大河原の印象は景隆が初めて出会った時とは一変していた。

表情や口調には以前のようなおどおどした感じが取れ、落ち着いた様子になった。


『三日会わざれば刮目して見よ』とは男性に対する慣用句だが、景隆は大河原を見て女性にも十分に当てはまると実感した。

(関羽を倒した呂蒙の言葉だったっけ?……『男子』って勝手に付けたのは日本人かな……今考えると時代錯誤も甚だしいな)


大河原の両親も実感していたようで、初対面ではにべもなく扱われていたのが嘘のように、景隆は丁重にもてなされた。


また、船岡の印象もすこぶる良かった。

声優という仕事が不安定であることを正直に話したうえで、別な道があることを彼女自身が身を持って示した。

船岡は声優を目指していたが、この道を早々に諦めマネージャーに転身したとのことだった。

加えて、校長室のときと同様な説得力のある発言を前にして、両親が反対する理由がどこにもなくなった。


「ご両親も船岡さんになら、安心して一人娘を預けられると思ったでしょうね」


船岡は限られた時間の中で、大河原にビジネスマナーをきっちりと仕込んでいた。

景隆が懸念した課題の一つは船岡によってあっさりと解決された。


「あの吸収力も菜月の才能ですね。名取さんも教えがいがあるでしょう」

「これだけ彼女が急激に魅力的になってしまっては、学校では相当人気が出るでしょうね」


年齢が離れている景隆ですら感じているのだから、同世代の男性からは、放おって置かれないだろう。

事実、大河原は最近になって校内の男子生徒から告白を複数受けているが、それをすべて断っていることを景隆は知らない。


景隆の発言に船岡は目をぱちくりとさせていた。


「もしかして……石動さんは菜月が学校内の誰かと付き合って、スキャンダルにならないかを心配しています?」

「……はい、図星です」


これを聞いた船岡は「はぁーっ」と大きなため息を付きながら、呆れたように言った。

「あのですね……そんな心配はまったくありませんから」


景隆は船岡が言った根拠を汲み取れなかったが、彼女はこれ以上話すつもりはなさそうだ。


「――フライトまで時間がありますね、せっかくなので郷土料理を食べていきませんか?」

「いいですね! ふふふ、名取さんには内緒ですよ?」


船岡の満面の笑顔に景隆はクラクラした。


***


「えええぇっ!?」

大河原をひと目見た景隆は、彼女のあまりの変貌ぶりに思わず声を上げた。

デルタファイブサミットのイベント会場では、これから会場の下見を兼ねたミーティングが行われる。


彼女はシックな黒のスーツに身を包んでいる。

ジャケットは彼女の体にぴったりとフィットしており、インナーには白いブラウスを合わせて清潔感を演出している。

スカートは膝丈で動きやすく、シンプルなデザインながらも洗練された印象を与えている。

髪は丁寧にまとめられており、普段の学生生活では見られない大人びた雰囲気を醸し出している。

化粧はナチュラルメイクでありながらも、彼女の美しさを引き立てるポイントメイクが施されている。


霧島プロダクションには、スタイリストやメークアップアーティストなどの人材がそろっており、大河原は船岡の手配により魔改造されていた。


「ど、どうでしょうか……石動さん?」

大河原は上目遣いに景隆を見つめている。

景隆の反応を気にしているのか、緊張感しているようだ。


(めちゃくちゃ綺麗なんだけど、容姿を褒めるのはセクハラになるんだよな……)

「うん、大人っぽくなって、仕事ができる魅力的な女性に見えるよ」

景隆は言葉を選びながら言った。


「ホントですか!?」

大河原の表情が一変して明るくなり、その笑顔が一層と可愛さを引き立てた。

(これは、別な意味で表に出しにくくなったな……)

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