「お、おぃ、石動……」
柊は焦っていた。
柊にとって新田は是が非でも獲得したい人材だ。
景隆の倍ほどの人生経験をもってしても、新田ほどのITエンジニアには出会うことはなかった。
『千軍は得やすく、一将は求め難し』と言われるが、新田はこの一将に値する人物だと柊は評している。
十人の平均的なエンジニアと新田一人のどちらを雇うか選ぶなら、柊は迷わず後者を選択する。
IT業界において、それほど優秀なエンジニアは生産性が高く、さらに新しい技術を生み出す能力がある。
優秀な人材を確保するためには、金銭的な待遇だけではなくさまざまな面を考慮する必要がある。
ITエンジニアの場合は、扱っている技術だったり、開発環境に適したインフラだったりだ。
柊の時代ではリモートワークができることが条件だったりもした。
したがって、柊は新田にとって十分な職場環境を作るために、いろいろな準備をするつもりでいた。
景隆が言っていたオフィスもその一環だ。
(今新田に断られたとして、次にとるべき手段は……)
柊の脳内はイオンを加速する加速器――超伝導リングサイクロトロンのように高速回転していた。
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「――いいわよ」
新田はあっさりと言い放った。
「ほぇ」
柊は糸が切れた糸繰り人形のように脱力した。
柊の脳内では一日ほどの思考を重ねていたが、実際には数秒も経過していない。
「おぃ、自分で言っておいてなんだけど、まだ条件とか言ってないぞ?」
さすがの石動も驚いている。
「だって、
それに――」
「マジかぁ……超嬉しい!」
景隆は告白に成功した中学生のようになっている。
『はぁ……若いっていいなぁ……』
柊はボクシングアニメの最終回のように、真っ白に燃え尽きていた。
柊は景隆が自分に劣等感を感じていることに薄々気づいていたが、柊は躊躇なく踏み込める景隆を羨ましく思っていた。
「な……なによぉ」
新田は対照的な二人の反応に戸惑っている。
「石動、準備があるから今すぐは無理だぞ」
なんとか立ち直った柊は声を絞り出しながら言った。
「あぁ、わかっているよ」
景隆と柊は、新田を迎え入れた場合の待遇については、事前に話し合っていた。
「新田には役員として入ってほしいんだ」
「従業員とは何が違うの?」
「役員の場合は報酬が多く、好きな時間にどこで働いても構わない。
その代わり、労働基準法の適用外なので働きすぎても駆け込む先がなかったり、突然クビにされても文句は言えない」
「働いている時間よりも、結果が重視されるってことね」
「そうなるな」
「いいじゃない! 私に合っていると思う」
「柊も役員になる予定なので、俺がCEO、柊がCOO、新田がCTOってとこだな」
「CEOとCTOはわかるけど、COOってなに?」
「日本法人だと執行役という位置付けだな」
「ふーん、なんとなくわかったようなわからないような……」
「しかし、本当にいいのか? 自分たちで言うのもなんだけど、不安定な会社だぞ?」
「最悪、会社が潰れたら、他所に就職すればいい話でしょ?」
「確かに新田なら引く手あまただろうな……」
「そうならないように、がんばってよね」
「まぁ、何とかなるだろ」
翔動の現状において、この三人は本業と掛け持ちで活動している。
景隆は、この場にいる三人が全力を尽くせば、驚異的な成果を上げるのではないかと思いを馳せた。