「はー、あんたお人好しなんじゃないの?」
熊本での経緯を聞いた新田は、呆れるように言った。
景隆と柊はいつものように、新田と貸し会議室で作業をしていた。
景隆はeラーニングサービス『ユニケーション』の自社教材を作っている。
この教材に大河原の声を当てる予定だ。
新田は動画のエンコーダーを開発している。
eラーニングの動画コンテンツはデータ容量を大きく消費するため、エンコーダーで動画のサイズを小さくしている。
エンコーダーの作成にはハードウェアやソフトウェアの最適化など、幅広い知識が必要だ。
新田はこれに今晩の夕食を作るかのように取り掛かっていた。
「これは先行投資なんだって……将来、大河原が有名な声優になれば教材の価値が爆上がりするんだよ。
今は高校生に支払うバイト代だから、費用対効果は悪くないと思っている」
「機材代とか、交通費はかかってるけどな……」
柊もスタンスは新田寄りだった。
「それで霧島カレッジのルールまで変えちゃったんでしょ?
肩入れし過ぎじゃない?」
「これでオンライントレーニングが広まれば、うちにとっては追い風だけどな」
柊はこの点で妥協して景隆に任せていた。
この時代では対面の講義が主流であるため、柊はeラーニングの市場規模を増やす施策は打っておきたいと考えていた。
『パンデミックが来るのはまだまだ先なんだよな……来ても困るけど……』
「ん? なんか言ったか?」
「いゃ、なんでもない」
「大体、その大河原って子がブレイクするかどうかわからないじゃない」
「俺は新田が作ったモデルと名取さんを信じるよ」
景隆の発言に新田が「へにゃっ」と、変な声を上げた。
「名取さんの評価はそんなに高かったんだな」
「実際に会って声を聴いたらびっくりするぞ」
「あんまり入れ込み過ぎるなよ……」
「石動にとっては大したことじゃないかもしれないけど、女子高生の人生を変えてしまおうとしているんだから……惚れられても知らないからね」
「はぁっ?! 年齢的にありえないだろ……」
景隆の発言に新田は「はあぁーーー」と大きなため息を付きながら言った。
「あのねー……あの子にとって石動はガラスの靴を拾ってくれた王子様なの。
年齢だって、女子高生が教育実習生に恋することはおかしくないでしょ?」
「俺は学生じゃないけど、あの世代にとっては誤差ってことか?」
「まぁ、そうでしょうね……ところで石動は女子高生に興味は?」
「ない……全くない」
景隆は大事なことなので二回言った。
気の所為かもしれないが、新田は安心したような顔になった。
「それなら、ちゃんと距離をおいて接することね。もう手遅れかもしれないけど」
「怖いこと言うなよ……」
景隆は大河原のことを思い浮かべた。
今でこそ地方の素朴な美少女だが、東京に出てきて垢抜けたら人気が出るような感じを受けた。
(どうせ人気声優になったら、俺のことなど歯牙にも掛けないだろうからな……)
この認識が甘かったことを今の景隆は知る由もなかった。
「ん? 早速届いたぞ!」
「何が?」
「大河原の録音した音声だ」
景隆はグループウェアの練習も兼ねて、大河原が自宅で録った音声を送るように指示していた。
「録音機器が段違いによくなったので、多分、前とは全然違うぞ……聴いてみるか?」
景隆の問いに二人は頷いた。
「――こ、これは……」
再生された音声を聴いた柊と新田は絶句していた。
「すごいわね……石動の言ってたことは嘘じゃなかったんだ」
「信じてなかったのかよ!」
「こうなると、教材にこの声に合いそうなキャラクターを入れたいな」
柊も前向きになってきたようだ。
「イラストレーターに心当たりはあるか?」
景隆はこの分野に関しては門外漢だった。
柊は少し考えた後に言った。
「まぁ……なくはない」