「うわぁあ……」
菜月は景隆が提示した機器を見て思わず声が出た。
高校生の菜月にはかなり高額な機材に見えた。
景隆はマイクやオーディオインタフェース、ヘッドフォンなどの音響機器を菜月の前に差し出して言った。
「菜月さん、弊社のお仕事を引き受けていただけたら、これを使っていただいて構いません」
「……お仕事ですか?」
菜月は機器と景隆を交互に見ながら言った。
続きを促すような興味津々の目が景隆に突き刺さる。
「はい、私の会社ではeラーニングのサービスを始めようと思っています。
それに伴い、自社の教材を作っているのですが、この教材に菜月さんの声を当てていただきたいのです」
「eラーニング?」
「インターネットを使った通信教育のようなものとお考えください」
菜月の表情がぱぁっと明るくなったが、一瞬のことだった。
「でも……東京に行く必要があるんですよね?」
景隆が渡した翔動の名刺には、東京の住所が記載されてある。
「そこで、この機材です。自宅で収録した音声をインターネット経由で送っていただきます。
グループウェアというのを使いますが、諸々のやり方は後で教えます」
「で……では自宅でお仕事ができるんですね!?」
菜月の声量が大きくなった。
(なるほど……本気で声を出すと、ここまでなんだ……)
隣の名取も景隆と同様に驚いていた。
両親は慣れているようだ。
「アルバイトとして報酬をお支払いしますので、これを養成所の学費に当てるのはいかがでしょうか……というのが私の提案です」
「えええぇっ!!!」
部屋に響き渡る菜月の声に二人は驚いた。
さっきのが上限ではなかったらしい。
「ばってん、東京に通うのは無理ばい」
正雄の反応はもっともだ。
「当養成所では、石動さんの会社が作ったeラーニングのシステムを導入しました。
これを使って、菜月さんはオンライン――つまり通信講座を受講できます」
「ほ、ホントですか!? 自宅で名取さんの授業を受けられるのですか?」
「はい、そうなります」
「うわぁあ……」
菜月の目がプレアデス星団のように輝いた。
「本気で声優を目指す菜月さんにとって悪い話ではないと思いますが、いかがでしょうか?
もちろん、学業をおろそかにしたり、仕事の納期が遅れたりしたら、その時点でこのお話はすべてなくなりますが」
「や、やります! ぜひやらせてください!!」
菜月は目一杯頭を下げながら言った。
それを見た両親は唖然としていた。
「そのうち、ご自宅ではできない仕事も出てくるかもしれませんが、そのときは東京にお越しいただくことになるかもしれません。
もちろん、交通費は支給しますし、学業の影響のないスケジュールで調整するつもりです」
「そのときは当養成所でも補講を行いますので、対面で指導ができると思いますよ」
「あ、あの……なんてお礼を言ってよいのか……」
菜月は涙ぐんでいる。
「これは、私にとっては慈善活動じゃなくてお仕事ですから、そこは履き違えないでくださいね」
景隆はあくまでも仕事であることを強調した。
「菜月さん、これは一回しか言わないからよく聞いてくださいね。
石動さんと私は、菜月さんにその価値があると思ったから、ここまでの行動をしました。
なので、私達の期待に応えていただけるよう、がんばってください」
「はい、がんばります!」
「菜月、がまだすばい」
両親はもう反対しないようだ。
***
「はぁ、大河原さんが羨ましいです」
空港に向かうタクシーで名取がこぼした。
「ははは、柊は呆れてましたけどね……名取さんには色々とお世話になりました」
景隆は名取に礼を言った。
機材の選定などは名取に協力を仰いでいた。
もともと、霧島カレッジにはeラーニングによるオンライン講義はなかったため、宇喜多にお願いして新設してもらった。
これを言ってしまうと大河原が萎縮することが想定されたため、大河原家では伏せていた。
「構いませんよ。当養成所にとっても実績になりますし」
名取はあの場ではプロになることが厳しいと言っていたが、大河原が活躍できることを見込んでいるようだ。
「――私にとってのライバルも増やしちゃいましたけどね」
名取はいたずらっぽく言った。
彼女は現役の声優でもあるが、大河原と出演する役で競合することはないであろう。
「それで、今後ですが――」