「これは……確かにオーディションで提出された中では突出していますね」
名取はノイズを除去した大河原のサンプルボイスを評価して言った。
「名取さんでもそう思いますか?」
景隆は大河原の音声データを評価してもらうため、霧島カレッジに訪れていた。
「ただ、実際に直接聴いてみないと、なんとも言えませんね。元の録音状態も悪かったですし」
「やはりそうですか……その価値はありそうですか?」
「そうですね……あると思います」
景隆は名取が大河原を評価したことで自分の直感に従うことにした。
しかし、問題は山積みだ。
「彼女の住所は熊本県だよね。とてもじゃないが、ここには通えないのでは?」
宇喜多の懸念はもっともだ。
霧島カレッジの所長である宇喜多に同席してもらっている。
「おそらく、彼女はご両親に相談せずに応募したんでしょうね」
名取はため息を付きながら言った。
このような応募者は珍しくないらしい。
「となると、ご両親は反対するだろうね……通学の問題もあるけど、学費の問題もある」
「そもそも声優はなろうと思って簡単になれる職業ではないですから、この点でも反対される可能性は十分にあります」
宇喜多と名取の発言は景隆の想定通りだった。
ここに訪れる前に、柊も同様の懸念を示していた。
「それなんですが、私の提案を聞いていただけますか?
まずは通学の問題ですが――」
景隆の提案に、宇喜多と名取は驚きながらも同意した。
***
「菜月に声優はやらせんけん、お帰りなっせ」
景隆と名取は熊本にある大河原家を訪れていた。
正雄の反応は想定していたものだった。
「なして? 私、名取さんに才能があると言われたったい!?」
菜月は食い下がっていた。
景隆と名取は事前に菜月と会い、菜月の声を直接聴いていた。
彼女の声は録音されていた音声より格段にすばらしく、この声だけで魅了される異性がたくさんいるのではないかと思わせた。
名取も訓練をすればプロになれる可能性は十分にあるという評価だった。
「霧島カレッジは東京ばい、どうやって通うとね?」
「それに学費もどうするとや? うちは菜月を高校に行かせるだけで精一杯ばい」
母の
大河原の家は裕福でなかった。
これは音声の品質から、録音機材を用意できなかったことからも推察できた。
「う……」
菜月はどうしようもない状況に唇をかみしめていた。
「ありがとうございます。ご家庭の事情は把握しました」
名取はこう前置きして続けた。
「菜月さん、あなた自身が声優を本気で目指す気はありますか?
あなたが想像している以上に声優になるのは大変なことです。
声優を目指している子はあなたが思っている以上にたくさんいて、その中でプロになれるのはごくわずかです。
仮に声優になれたとしても、実力だけでなく、コネや運がないとまともに仕事にありつけません。
私自身もデビューしてからはアルバイトの傍らに僅かなチャンスを少しずつ掴んで続けてきて、声優としての仕事だけで食べていけるようになりました。
――あなたにその覚悟はありますか?」
名取は菜月を真剣な眼差しで見つめながら言った。
両親は名取の言葉に気圧されていた。
菜月は両親と同様に名取に気圧されながらも、名取の話を真剣に聞いていた。
そして、覚悟を決めたようにこう言った。
「はい、どんな苦労をしてでも名取さんのような声優になりたいです!」
「「……」」
両親は一様に驚いていた、名取の話で娘はその道を諦めると思っていたのだろう。
「大河原さん、菜月さん、私から提案があります――」
景隆は大河原家の三人に向かって切り出した。
※ 作者は熊本弁は全く話せません……おかしな点があればご遠慮無くご指摘ください