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第34話 議事録事変

「乾杯!」

居酒屋では営業の鶴田持ちで、デルタイノベーションの慰労会が開催されていた。

アストラルテレコムの担当チームが集まっている。


「いやー、鷹山さんの発表、よかったですよ!」

鶴田はご機嫌だった。

先日の開発機と検証機に関連して、追加で受注が取れたらしい。


「ありがとうございます」

鷹山は恐縮していた。


「営業部隊の評判も最高でしたよ。新しい売り方ができると」

「みなさんで来てくれたんですね」

アストラルテレコムの営業部門は社内でも有数の規模だ。

鶴田は同僚を誘って、鷹山の発表を聞きに来ていたらしい。


「私もあの発想はなかったわー。石動くんのアイデアなんだよね?」

鷺沼は上機嫌だった。


「は、まぁ」

実際には翔動で使っている技術から発想を得ているので、景隆の返事は歯切れが悪かった。

元をたどると柊の知識である。


「デルタイノベーションは何回か出ているけど、明確に負けを自覚したのは初めてだよ」

鷺沼は明らかに喜んでいる。

(これはあれか?……強すぎてライバルがいなかったからか?)


「え? ホントですか?」

鷹山は信じられないようだ。


「鷺沼さんの発表は、がんばれば何とか再現できるレベルだけど、鷹山たちの内容は技術的に手に負えないと思うくらいだよ」

白鳥が補足した。


鷹山は「ほへぇ」とこぼしていた。

鷺沼の発表も鷹山にはまだ難しかったようだ。


「私も鷺沼さんと石動さんのやりとりは、聞いていてさっぱりでしたもん」

鶴田はお手上げといったジェスチャーをしながら言った。

彼女は製品を担当している営業なので、自社製品に関しては深い知識を持っている。


「アレは私も熱くなりすぎた。ごめんよー」

「まぁ、その後の出来事に比べれば些事ですから」

白鳥は苦笑した。


景隆はアストラルテレコムのチームの技術力を周りに知らしめるために、鷺沼がわざと議論を広げたのだと思っている。

(質問はいつでもできるしな……)


「いやー、アレはスカッとしたねぇ。私も江鳩さんは役立たずどころか、邪魔くらいに思ってたから」


鷺沼が臆面もなく言ったことで、耐性がない鷹山がどきっとしていた。

彼女の発言は良くも悪くも裏表がない。


「裏で糸を引いてたのは石動ですから、何かあったら石動に言ってくださいね」

白鳥は運営のストレスもあったためか、酔いが早く回っていた。

(今回、コイツが一番の貧乏くじを引いたんだよなぁ……)


「そっかー、石動くんが真犯人かー、どうしてくれようかな?」

「お手柔らかにお願いします」

景隆はイベントをぶち壊してしまった自覚があったので、何かあれば責任を取るつもりだった。


「ところがどっこい。石動くんがぶち壊してくれたおかげで、マネージャー連中が安易にパワハラチックなことをできなくなったんだよ!」

「そうですね」

一部始終を把握している白鳥が鷺沼に同意した。

(白鳥はわかるけど、なぜ鷺沼さんが知っているんだ……?)


「石動さんの行動が、社内の雰囲気を変えたってことですね!」

「鷹山はいつもいい方にとってくれるよなぁ」

景隆は鷺沼がニヤニヤと見てくるのが複雑だった。


この騒動は後に社内では『議事録事変』と呼ばれた。

社内会議では議事録がしっかり取られ、その議事録は参加者全員が確認するようになった。

こうして、デルタファイブでは、柊の知らない社内文化が形成されることになった。


「白鳥さんもおつかれさまでした」

鶴田は白鳥をねぎらった。


「そうですね、公私ともに大変でした……」

白鳥はぐったりしながら言った。


「え? なになに? プライベートでなんかあったの?」

鷺沼が躊躇なく踏み込んできた。


「妹がITインフラに興味を持っているんですが、最近はやたらと質問が多くて……」

「へぇ、珍しいですね」


鷹山が感心していた。

IT業界は女性の割合が少ない。

鷹山の同期でも、女性は数えるほどしかいなかった。


「元からコンピューターが好きだったんですが……おそらく、最近は好きな相手ができた影響で――」

「わぁ」「ほぅ」「あら?」

恋バナになった途端に女性陣が食いついてきた。


(例の美少女か……)

景隆はその美少女の相手が柊であることに、全く気づいていなかった。

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