「乾杯!」
居酒屋では営業の鶴田持ちで、デルタイノベーションの慰労会が開催されていた。
アストラルテレコムの担当チームが集まっている。
「いやー、鷹山さんの発表、よかったですよ!」
鶴田はご機嫌だった。
先日の開発機と検証機に関連して、追加で受注が取れたらしい。
「ありがとうございます」
鷹山は恐縮していた。
「営業部隊の評判も最高でしたよ。新しい売り方ができると」
「みなさんで来てくれたんですね」
アストラルテレコムの営業部門は社内でも有数の規模だ。
鶴田は同僚を誘って、鷹山の発表を聞きに来ていたらしい。
「私もあの発想はなかったわー。石動くんのアイデアなんだよね?」
鷺沼は上機嫌だった。
「は、まぁ」
実際には翔動で使っている技術から発想を得ているので、景隆の返事は歯切れが悪かった。
元をたどると柊の知識である。
「デルタイノベーションは何回か出ているけど、明確に負けを自覚したのは初めてだよ」
鷺沼は明らかに喜んでいる。
(これはあれか?……強すぎてライバルがいなかったからか?)
「え? ホントですか?」
鷹山は信じられないようだ。
「鷺沼さんの発表は、がんばれば何とか再現できるレベルだけど、鷹山たちの内容は技術的に手に負えないと思うくらいだよ」
白鳥が補足した。
鷹山は「ほへぇ」とこぼしていた。
鷺沼の発表も鷹山にはまだ難しかったようだ。
「私も鷺沼さんと石動さんのやりとりは、聞いていてさっぱりでしたもん」
鶴田はお手上げといったジェスチャーをしながら言った。
彼女は製品を担当している営業なので、自社製品に関しては深い知識を持っている。
「アレは私も熱くなりすぎた。ごめんよー」
「まぁ、その後の出来事に比べれば些事ですから」
白鳥は苦笑した。
景隆はアストラルテレコムのチームの技術力を周りに知らしめるために、鷺沼がわざと議論を広げたのだと思っている。
(質問はいつでもできるしな……)
「いやー、アレはスカッとしたねぇ。私も江鳩さんは役立たずどころか、邪魔くらいに思ってたから」
鷺沼が臆面もなく言ったことで、耐性がない鷹山がどきっとしていた。
彼女の発言は良くも悪くも裏表がない。
「裏で糸を引いてたのは石動ですから、何かあったら石動に言ってくださいね」
白鳥は運営のストレスもあったためか、酔いが早く回っていた。
(今回、コイツが一番の貧乏くじを引いたんだよなぁ……)
「そっかー、石動くんが真犯人かー、どうしてくれようかな?」
「お手柔らかにお願いします」
景隆はイベントをぶち壊してしまった自覚があったので、何かあれば責任を取るつもりだった。
「ところがどっこい。石動くんがぶち壊してくれたおかげで、マネージャー連中が安易にパワハラチックなことをできなくなったんだよ!」
「そうですね」
一部始終を把握している白鳥が鷺沼に同意した。
(白鳥はわかるけど、なぜ鷺沼さんが知っているんだ……?)
「石動さんの行動が、社内の雰囲気を変えたってことですね!」
「鷹山はいつもいい方にとってくれるよなぁ」
景隆は鷺沼がニヤニヤと見てくるのが複雑だった。
この騒動は後に社内では『議事録事変』と呼ばれた。
社内会議では議事録がしっかり取られ、その議事録は参加者全員が確認するようになった。
こうして、デルタファイブでは、柊の知らない社内文化が形成されることになった。
「白鳥さんもおつかれさまでした」
鶴田は白鳥をねぎらった。
「そうですね、公私ともに大変でした……」
白鳥はぐったりしながら言った。
「え? なになに? プライベートでなんかあったの?」
鷺沼が躊躇なく踏み込んできた。
「妹がITインフラに興味を持っているんですが、最近はやたらと質問が多くて……」
「へぇ、珍しいですね」
鷹山が感心していた。
IT業界は女性の割合が少ない。
鷹山の同期でも、女性は数えるほどしかいなかった。
「元からコンピューターが好きだったんですが……おそらく、最近は好きな相手ができた影響で――」
「わぁ」「ほぅ」「あら?」
恋バナになった途端に女性陣が食いついてきた。
(例の美少女か……)
景隆はその美少女の相手が柊であることに、全く気づいていなかった。