「ざわ……ざわ……」
会場がざわついた。
「これはキャリアの浅い我々が慢心しないようにという、江鳩さんのご配慮により、決断いたしました」
周囲の雰囲気を気にせずに景隆は続けた。
「はあぁっ!?」 「ええぇっ!?」
景隆の予想外の発言に、会場内からはさまざまな声が沸き起こった。
ありがたいことに、「最後のが一番よかったよね」という声も聞こえてきた。
「江鳩! どういうことだ!!」
似鳥は烈火のごとく激怒していた。
普段は温和な顔をしている似鳥だが、今は鋭い視線を江鳩に突き刺していた。
景隆にとって似鳥は雲の上の存在なので、年に数回しか接点がなかったが、ここまで怒りを露わにしている似鳥を見るのは初めてだった。
「いや、私には全く知らないことで……」
江鳩は突然のことで動揺していた。
声は震え、言葉がうまく出てこなかったようだ。
顔は一瞬で真っ青になり、額に冷や汗がにじんでいた。
「私からご説明します――」
会場の視線が白鳥に集中した。
参加者は白鳥の発言を固唾を飲んで見守っている。
「入社一年目の新人がいるチームには大賞を与えないという、運営委員長である江鳩さんの意向がありました。
我々運営のメンバーは全員反対しましたが、運営委員長権限によりこの決定がくだされました。
これは議事録にも記載されています」
会場のざわつきが最高潮になった。
議事録の内容は社内では公的な文書として扱われる。
江鳩がこの議事録に対して異議を示さなかったことは、内容を承認したことになる。
おそらく、江鳩は確認をなおざりにしたのだろう。
「そんなことが許されると思っているのか!」
似鳥が江鳩に詰め寄った。
「そ、そんな……白鳥! 私はそんなこと言ってないぞ!」
江鳩は白鳥を睨みつけた。
白鳥は用意していた音声を再生した。スピーカーから運営会議と思われる会話が流れていた。
――――――
『いいか、新人が増長するとよくないからな。イノベーション大賞は新人が入っていないチームから選べよ』
『えっ?』
『それは公平性に欠けるのではないでしょうか』
『デルタイノベーションは社内で最も権威のあるコンペだ。ぽっと出の新人が大賞を取ってしまったら、格が落ちるだろう』
『でも……それでは――』
『これは委員長による最終決定だ。異論は許さん』
――――――
白鳥が再生した音声は、景隆から渡されたICレコーダーに記録されたものだ。
景隆は柊のアドバイスにより、議事録の保険として用意していた。
議事録と証拠音声は、景隆と白鳥がプランBとして用意していたものだ。
プランAは江鳩の意向を阻止し、公正なコンペを開催することだったが、江鳩が頑なだったため、二人はプランBに移行した。
再び会場がざわついた。
その中で、鷺沼が大きく挙手した。
「はーい、我々のチームも辞退します。
我々は最後のアストラルテレコムチームに及ばなかったと思うので、大賞にふさわしくないと判断しましたー」
鷺沼はこの場の雰囲気をものともせずに明るく言い切った。
「あ、あの……うちも辞退します」
これを機に、発表者が続々と辞退を表明し始めた。
「江鳩ぉお!」
似鳥の怒りは最高潮に達した。