※ 本作品の投資手法や金融戦略はフィクションであり、実際の投資行動を推奨するものではありません
「はー、奥が深いなぁ……」
景隆は自宅でFXの自動売買プログラムを更新していた。
FXではスキャルピングという手法を用い、欧州時間に対ユーロや対ポンドの通貨ペアをメインにトレードしていた。
これは柊のデータ分析から得た知見だった。
「スイスフランには絶対に手を出すなよ」
柊はグリーンシートから上場しそうな企業を確認していた。
非上場企業の株式などを売買できる制度だ。
「わかってるよ……でもなんで?」
「中央銀行であるスイス国立銀行が前触れなしに大きなルール変更をするんだ。
このとき、スイスフランはかなり大きく変動したが、一瞬だったため逃げるタイミングもなかった。
これによって、個人投資家の破産したり、為替業者などの金融業者が破綻に追い込まれたんだ」
「こわっ!」
「レバレッジに気をつけろよ」
「あぁ、ルール以上のレバレッジをかけないよ」
この時代ではFXのレバレッジ規制がなかったため、柊はレバレッジのルールを景隆に課していた。
レバレッジのルールは柊が考案したリスクモデルを使って設定している。
「しかし、商品に比べればFXは小銭稼ぎだなぁ」
景隆はしみじみとつぶやいた。
景隆は株やFXなど、さまざまなな金融商品の取引を行っていたが、最も稼げたのは商品先物だった。
「商品が有利な点はいくつかある」
「詳しく」
「商品は実需がわかりやすいんだ。株や為替は複数の要因が複雑に絡み合って、適正水準がわかりにくい」
「あー、なんとなくわかるかも」
「例えば原油だが、OPECの減産や中東での地政学リスクが発生すると上昇要因となる」
「戦争が始まったときは、ニュースでも原油価格の上昇が取り上げられていたな」
「今はアジアを中心に世界人口が着々と増えている。そうすると、穀物需要が増える」
「ほかにもエネルギーや畜産物か……わかりやすいな」
「あと、商品は長期的なトレンドになりやすい」
「そう、やってみてわかったけど、トレンドが明確だとトレードがしやすいんだよな」
「株や為替と違って商品の需給はコロコロ変わらないので、そういう傾向になりやすい」
「なるほど」
「それと、商品取引はゼロサムゲームじゃないんだ」
「というと?」
「たとえば、株の場合は株価が下がれば買った人が損をして、売った人が得をするだろ?」
「そりゃそうだ」
「商品の場合は、その商品が下がっても、買った人は損しない場合もあるんだ」
「へ? おかしくね?」
「たとえば、豆腐の製造業者がいるとする。原料の大豆価格が上がるとどうなる?」
「豆腐を値上げしたいけど、簡単には上げられないだろうから利益率が悪くなって収益が悪化するな」
「そこで、大豆の先物を買うんだ。そうすると大豆価格が上昇しても問題ない」
「なるほど、でも大豆が下がったらどうなる?」
「そうすると、原価が下がるので利益率上がるだろ?」
「あー、なるほど! 豆腐事業者からすると、上がっても下がってもどっちでもいいんだ!」
「そうなんだよ、商品取引では損してもいいというプレイヤーがいるから、ゼロサムゲームではないんだ。
さっきの例だと、大豆価格が下がっても豆腐事業者は損しないし、大豆を売った人も当然損しない」
「だしかにゼロサムゲームじゃないな。誰も損していない」
「つまり、商品取引の場合、相手を出し抜くような勝負の要素が少ないんだ」
「そこが株や為替と違うところだな」
「まだあるぞ、お前もやってるサヤ取りができる」
「世界三大利殖の一つだな」
サヤ取りとは、割安な投資対象を買い、割高な投資対象を売る手法だ。
「商品先物の世界では、サヤ取りするための組み合わせを紙に書いて分析していたんだ。
今でもやってる人がいる」
「え?! 紙で!」
「俺達の場合は、コンピューターを利用して大量のデータを使った組み合わせを分析できる。
これは大きな優位性だ。
これからの時代はデータを活用できるやつが勝てるようになる」
「チェスの場合はコンピューターのほうが強いからな。
お前の話だとトレーダーもそうなるらしいが……」
「ちなみに、数年後は将棋も逆転するぞ。その数年後は囲碁もそうなる」
「え!? マジで!?」
景隆は将棋も囲碁もアマチュアの有段者だ。
この時代のコンピューターの棋力は景隆にも及ばない。
「どの金融商品をやるにせよ、最新――あるいは未来の技術を使って分析できるのが俺達の強みだ」
「機械学習も使えるのか?」
「使い方次第だが、当然使える」
「夢が広がるなー」
現在において翔動では霧島カレッジから受注した案件のみが収益源であったが、実際に売上が立つのは検収を終えてからだ。
したがって、景隆が運用している収益は貴重な収入源となっている。
「そういえば、グリーンシートはどうなったんだ?」
「見つかったんだが、よりにもよってMoGeなんだよな……」
景隆は柊が何を懸念しているのかさっぱりわからなかった。