「石動、ビルド ※1 できた?」
貸し会議室では、新田が景隆をサポートしていた。
景隆と柊、新田はいつものように貸し会議室で作業をしていた。
作業や会議の度に貸し会議室を予約するのが面倒なので、景隆はそろそろ自社のオフィスを用意したいと考えていた。
柊と二人のときは景隆の部屋で作業することもあるが、さすがに新田を景隆の部屋に招くのは憚られた。
翔動で提供するサービス『ユニケーション』に仮想化技術を導入し、同時にデルタファイブでの社内コンペ『デルタイノベーション』の提案にも同じ技術を使っている。
景隆は新田が作成し、OSS(オープンソースソフトウェア)として提供している仮想化ツールをデルタファイブのサーバーで実行するためのビルド作業を行っていた。
「このOSでは、システムコールやライブラリが違うから気をつける必要があるんだよな」
「えぇ、そうよ」
この時代では仮想化技術はあまり使われておらず、柊が持つ未来の知識をもとに新田が開発を行っている。
仮想化に関してはもとの知識が全くない景隆であったが、柊と新田が一からノウハウを叩き込まれた結果、この分野に関してはかなり詳しくなっている。
「お、動いた!」
景隆はデルタファイブのオフィスにある検証用サーバーにリモート接続して作業していた。
「石動はかなりできるようになったな。俺はお前が羨ましいよ……」
柊が景隆に羨望の眼差しを向けて言った。
「まぁ、恵まれている自覚はある」
社内では鷺沼から教えを請い、この場では柊と新田が先生だ。
柊は景隆がどのように言えば理解するかを熟知しているため、新田が難しい説明をした場合でも柊が補足してくれた。
現時点において、景隆以上の教育を受けられるエンジニアはそうそういないだろうと思われる。
「そういえば、鷺沼さんがデルタイノベーションに参戦してきたんだよ」
「マジか!? 超強敵だな」
柊も鷺沼にはお世話になった口なので、彼女が競争相手として最強であることを認識している。
「誰それ?」
「日本のデルタファイブの中で、一番できるエンジニア」
「へぇ、それは倒し甲斐があるわね」
新田が不敵に笑った。このような表情は珍しい。
「裏に鷺沼さんがいるからだと思われなくなったのはよかったかな」
景隆は鷺沼が同じ組織であり、自分のメンターであることを新田に説明した。
「ポジティブになったなぁ」
「そりゃ、新田と柊がいるのに自信がありませんとは言えないだろ。
RPGゲームだと、最初からエクスカリバーとグングニルが手元にあるようなものだからな。
三国志だと、諸葛亮と司馬懿だ」
「よくわからないけど、言いたいことはわかったわ」
最強の武器があっても、自分のレベルが足りないと話にならない。
『当時の俺よりも、今のお前のほうがかなりできるようになってるぞ』
『マジか……でも今の俺の状況ならそうじゃないとおかしいよな』
景隆と柊はアイコンタクトで会話していた。
「新田からみて石動はどのくらいのレベルだと思う?」
「うちに来てほしいくらいよ、給料はそこまで出ないかもしれないけど……」
「新田に言われると嬉しいな」
新田はお世辞を一切言わない性格なので、この言葉は景隆に響いた。
「それで、デルタイノベーションの提案はうまくいきそうなのか?」
「あぁ、柊のツテのおかげて横須賀の開発機で使われるよ。サーバーも買ってもらえることになった」
「ビジネスの実績ができたのは大きいな」
柊の経験でも、デルタイノベーションではビジネス的な提案は少ないようだ。
「あ、そうだ、石動、これをやるよ」
「ん? なにこれ?」
柊から指に装着するタイプのデバイスを渡された。
「これはフィンガフローといって、指でジェスチャーしてPCを操作できるんだ」
「……あー、プレゼンで使うのか!」
景隆は逡巡した後、答えを導き出した。
「まぁ、実際に見てもらったほうが早いか」
柊はプロジェクターに動画を映した。
「テレビCM? 神代さん!?」
「あー、これ知ってる」
景隆はテレビを持っていないので反応が遅れた。
「このCMに柊が関与しているんだっけ?」
「え!? そうなの?」
今度は新田が驚いた。
「神代さんは、画面しか見ていないように見えるけど、裏でPCを操作しているんだ」
「えー! フリじゃないの!? キーボードとかマウス使ってないじゃん……ってこれがそうか!」
景隆は驚愕した。神代は演技に妥協しないとは聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。
「俺が言いたいこと、わかるよな?」
「あぁ、鷹山に使い方をマスターしてもらうよ」
***
「江鳩が柊の言った通りに動いてきたぞ」
景隆は帰宅してから、柊にデルタイノベーションの情報を共有した。
「このまま行くと、江鳩と全面対決になるが覚悟はできてるか?」
「あぁ、白鳥もそのつもりだ。先々のことを考えるとプロジェクトのためになるだろうという結論になった」
「鷹山は大丈夫か?」
「了承してもらった……本当はアイツに大賞を取らせてあげたかったけどな」
「同感だ……ではここからは――」
デルタイノベーションの最終調整が話し合われた。
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