「いやぁ、ありがとうございます。いい実績になりました」
鶴田は運転しながら、満足そうに言った。
鶴田はアストラルテレコムの担当営業だ。
彼女は鷺沼と同期で、そのおかげで景隆が所属するエンジニア組織と営業組織がうまく連携できていた。
鷹山が提案した仮想化技術が無事に採用され、アストラルテレコムの研究開発部門に新規にサーバーが導入されることになった。
アストラルテレコムの研究開発部門は横須賀に位置している。
鶴田のように遠方の顧客を担当する営業は社有車が利用できる。
景隆と鷹山は鶴田の運転する車でデルタファイブのオフィスに向かっている。
「緊張しましたけど、お二人のフォローがあったので助かりました」
一仕事を終えた鷹山の表情は満足そうだった。
鷹山が顧客の前でプレゼンテーションをするのは今回が初めてだった。
それにもかかわらず、彼女は堂々としていた。
「鶴田さんはよかったんですか? 結果的にサーバーを集約することになりましたが――」
仮想化によって一台のサーバーに複数のシステムが導入されると、結果的にサーバーの販売台数が減ることになる。
景隆は営業的に旨味が減るのではないかと心配した。
「たくさん売ろうとすると、うちより安いベンダーに流れてしまいますからね……開発機で他社のサーバーが導入されると、本番機もそうなってしまいます。
ですから、開発段階で採用されることは非常に重要なんですよ」
柊によると、今後は廉価なアーキテクチャのサーバーが主流になり、デルタファイブのサーバーのアーキテクチャも取って代わられるそうだ。
鶴田を含めたデルタファイブの営業は、今後を見据えているのだろう。
「その点もデルタイノベーションの発表内容に入れたいですね」
「私も応援します。何か手伝うことがあれば遠慮なく言ってくださいね」
「はい、よろしくお願いします」
デルタファイブにはさまざまな営業がいるが、鶴田は年下相手にも丁寧に接する性格だ。
デルタイノベーションはエンジニア主体のイベントであり、発表内容も技術的なものが多い。
そのため、発表内容にビジネスの要素を加えることは大きな差別化が期待できる。
***
「すまん、石動。俺では止められなかった」
オフィスに戻った景隆に、白鳥が声をかけた。
二人は人けのない休憩室に移動した。
「――そっか、そうなるとプランBだな」
白鳥から聞いたデルタイノベーションの運営会議の経緯は、景隆の想定通りだった。
江鳩の言動は、柊の話していた内容通りだった。
江鳩はデルタイノベーションの運営責任者になっている。
おそらく、社内政治で幅を利かせるために有利と判断し、立候補したのだろう。
「議事録はとれたか?」
「あぁ、俺が取ってアップロードした」
デルタファイブの会議で取られた議事録は文書番号が付けられ、文書管理システムに登録される。
このシステムに登録された文書は、社内で正式な文書となる。
「ありがとう、助かったよ……コレは――」
景隆は白鳥が持っている
「あぁ、ばっちりだ。これを公開すると、当日は大変なことになるな……」
「すまんな、運営としては残念な結果になるだろう」
「結果的に止められなかったから、運営の責任だよ。俺も江鳩さんには思うところがあるし――」
***
「すまん、鷹山」
景隆は白鳥との話をもとに、デルタイノベーションの発表会当日に起こり得る結果を打ち明けた。
鷹山は目をぱちくりとしながら聞いていた。
「あら……そんなことがあったんですね。
私は前に言ったように、賞に関してはどうでもいいので、気にしていませんよ?」
「そう言ってもらえると助かる」
こうして、デルタイノベーションの発表会は波乱含みとなった。