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第23話 メンター

「「乾杯!」」

景隆と鷹山は居酒屋でビールジョッキを突き合わせた。


景隆はデルタイノベーションの決起会として鷹山に連れ出された。

(最近、決起会ばかりだな……)


鷹山は酒を好み、会社の飲み会には積極的に参加している。

酔った鷹山は砕けて饒舌な話し方になり、それが男性社員には受けていた。

結局、素面でも、酔っていても、鷹山はモテるのだ。


鷹山は同期以外の先輩を自分から飲みに誘うことはなく、鷹山から飲みに誘われたのは初めてだ。

(男相手にサシ飲みとか気にしないタイプなのかな……?)

景隆はハラスメント発言をしないかと、気が気でなかった。


「デルタイノベーション楽しみですねー」

鷹山は一杯目からすでに上機嫌だ。


「発表会は聴衆が多いけど平気なんだな」

景隆は感心して言った。

経験を積ませるため、鷹山が発表することになっている。


「社内の発表ですから、リスクありませんよね? それに私、新人ですし――」

豆腐メンタルの景隆は、鷹山を羨ましく思った。


「――それに、チームに石動さんがいるから心配する要素ないですよね?」

「俺のこと信用しすぎじゃない?」


先日はダメな自分をさらけ出したにも関わらず、鷹山は景隆を信頼してくれているようだ。


「だって、私をここまで引っ張ってきてくれたのは石動さんですからね――」

鷹山はとろんとした目で景隆を見つめている。

(コイツ、酔うの早いな……)


景隆は鷹山のメンターである。

デルタファイブでは新入社員に対してメンタリングする制度があり、メンターと呼ばれる指導者がメンティーとなる新人に助言・指導し、自発的・自律的な発達を促す。


景隆は鷹山のメンターとなった経緯を思い出した――


***


「これはひどいな……」

景隆は独りごちた。

NNTテクノロジーズのデータセンターは殺伐としていた。


景隆は上司である烏丸からすまの指示を受けて、電気通信事業者である『NNTグループ』傘下の『NNTテクノロジーズ』のヘルプ要員として駆り出されていた。

景隆が担当しているアストラルテレコムもNNTグループに属している。


烏丸はNNTグループ全体を担当する部署の人事的なマネージャーである。

NNTグループの各社には、顧客担当のマネージャーがアサインされており、江鳩はそれに該当する。

したがって、景隆の人事的な上司は烏丸となる。


NNTテクノロジーズではデータベースのデータが消失するという重大な問題が発生しており、現場には担当エンジニアの鳥嶋とりしまが対応していた。

補助要因として鷹山が付いており、彼女は鳥嶋の指示に従っていた。


鳥嶋は鷹山のメンターである。

鳥嶋の部署内の評判は芳しくない。

顧客に対してはいい顔をするものの、安請け合いした仕事を社内の要員に丸投げするのである。

仕事の指示内容もコロコロと変わってしまうため、鷹山は鳥嶋の指示に振り回されていた。


「状況はどんな感じ?」

NNTテクノロジーズのデータセンターに到着した景隆は、鷹山に状況を確認した。

「はい、バックアップから復旧しようとしているのですが、上手く行かなくて……」

鷹山は絶望的な表情で答えた。


鷹山は新人であり、素直に人の言うことを聞く性格であることから、鳥嶋の指示内容には反論せずにただただ従っていた。

ここに来るまでに得た情報では、鳥嶋の指示が適切でないように思われた。


「お、石動くん、おつかれさま」

鳥嶋は危機的な状況にも関わらず、普段どおりの表情だ。

(この人のメンタル面だけは尊敬できるな……)


「データベースのログを確認させてもらってもよいですか?」

景隆は早速用件を切り出した。状況はかなり逼迫している。


「よろしく、俺は大和田さんに説明してくる」

鳥嶋は挨拶もそこそこに、この場を後にした。


大和田はNNTテクノロジーズの担当者だ。

発生している問題はかなり重大だが、この程度で済まされている状況を景隆は羨ましく思った。

(アストラルテレコムなら、この時点で誰かの首が飛んでるな……)


***


「――トランザクションログが破損しているので、こっちもリカバリーする必要があると思う」

鳥嶋に代わって調査した景隆はこのように判断した。

鷹山の表情がぱあっと明るくなった。


「鷹山、今から言うログを全てコールセンターに送って調査を依頼してくれないか? 念のため確認したい」

「は、はいっ!」

鷹山は元気よく返事した。

現場で会った時とは表情が一変している。


コールセンターは顧客用のサポート窓口だが、社内のエンジニアも問い合わせができる。


***


「データが戻りました!」

データベースのログを確認していた鷹山は歓喜した。

目が潤んでいるようにも見える。


「ふー……よかった‥‥…」

「石動さんの言った通りでしたね!」


景隆は絶対にミスが許されない復旧作業を終え、ぐったりしていた。

これまでも何度か重大なトラブルを対応してきたが、未だに慣れない。

一方で、鷹山は水を得た魚のように生き返った表情をしていた。


「な、俺の言った通りだったろ?」

さすがの鷹山も、臆面なく言った鳥嶋を白い目で見た。


***


「メンターを変えたほうがいいと思います。このままでは鷹山は潰れてしまいますよ」

景隆はデルタファイブのオフィスで烏丸を捕まえて話した。


景隆はNNTテクノロジーズでの経緯やこれまでの同僚からの情報を整理し、努めて客観的に状況を説明した。


「石動の言うとおりだな……お前やるか?」

烏丸はしばし考えてから、景隆に言った。


烏丸の発言に、景隆は考え込んだ。

景隆が担当するアストラルテレコムは、NNTテクノロジーズとは比べ物にならないほど厳しい顧客だ。

新人の鷹山に担当させるのは負担が大きくなりそうだ。

おそらく烏丸はそれを考慮して、鷹山をNNTテクノロジーズのチームに割り振ったのだろう。


「わかりました、引き受けます」

景隆はこのまま鳥嶋に付いていくよりも、アストラルテレコムを担当させたほうがマシだと判断した。

今では鷹山は大きな戦力となっているため、この判断は正しかったといえる。


***


「――まぁ、結果的に鷹山を引き取れてよかったよ。かなり戦力になってるし」

「えへへ、おだてても何も出ませんよ?」


鷹山は上目遣いに景隆を見ながら言った。

(この目でどれだけの男が陥落したのだろうか……)

景隆は空恐ろしさを感じた。


「鷺沼さんが出てきたのは予想外だったな」

鷺沼は景隆のメンターだ。

景隆がアストラルテレコムに配属されるほどのエンジニアになれたのは、彼女の影響が大きい。

(俺も鷺沼さんくらいできれば、鷹山をもっと育てられるのに……)


鷹山はキッとした目で景隆を見ながら言った。

「石動さんはやたら鷺沼さんの評価が高いですよね。好きなんですか?」


(ヤレヤレ……)

酔った鷹山は面倒な絡み方をしてきた。

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