「仮想化ですか?」
「あぁ、一台のサーバーを複数のサーバーとして利用できるようにするんだ」
景隆と鷹山はデルタファイブの会議室で『デルタイノベーション』のプランを立てていた。
この時代において、仮想化技術は黎明期であり、鷹山が仮想化を知らないことは自然であった。
「といっても、うちが提供しているサーバーはハードウェアによる仮想化に対応していないので、OSを仮想化する」
柊によると将来にはコンテナという概念に発展すると聞いているが、ここでは言及できない。
「仮想化すると何が嬉しいんですか?」
「うーん、そうだな。鷹山がうちのお客さんだとして、うちのサーバーを買う時に何が不満になる?」
「価格ですね」
鷹山は即答した。
デルタファイブが提供しているサーバーは自動車が購入できるほどの価格になる。
顧客によるアンケート調査でも、不満が最も大きいのは価格だった。
「うちの高いサーバーを使ったとして、リソースを100%使い切ったりはしないよな」
「そうですね、通常は余剰をもたせるので、せいぜい50%くらいですかね……あっ!」
「そう、システムの役割ごとにマシンを追加していくと、効率とコスパが悪いんだよ」
「なるほど……そこで仮想化ですか」
厳しい顧客を担当していることもあり、鷹山は新人の中では特に優秀だ。
景隆の意図もすぐに把握できていた。
「とはいっても、いきなり業務システムは無理なので、社内システムで提案したい」
「いいと思います。そもそもうちの製品で実現できるんですか?」
「いい質問だ……うちにそんな製品はない」
「ええっ! ダメじゃないですか!」
デルタファイブはサーバー性能に関してかなりの研究開発費を投入しているが、仮想化技術には力を入れていない。
「なので、OSSのツールを使う」
「えっ?!」
OSS(オープンソースソフトウェア)製品を使うことは、デルタイノベーションの規定上問題はない。
仮想化の仕組みはすでに翔動で開発中のサービス『ユニケーション』で実装しているところだ。
柊が知っている概念をもとに、新田が既存のオープンソフトウェアを改良している。
翔動で使われているサーバーはPCと同じアーキテクチャ(CPUの基本的な設計思想や構造)であり、デルタファイブのサーバーとは異なるCPUで動作しているのでこのままでは使えない。
しかし、新田は複数のアーキテクチャでも動作できるようにした改良版を公開している。
これにより、デルタファイブのサーバーでも仮想化ができることになった。
サイバーフュージョンにもデルタファイブのサーバーがあるため、新田は社内のテスト環境でも使うつもりらしい。
これをきっかけに、OSSの界隈では新田の存在が注目を集めることとなる。
新田はOSSでは本名やプロフィールを公開していないため、謎のエンジニアとして噂されるようになる。
「ここでいう仮想化とは、ファイルシステムとプロセス空間を隔離する仕組みで――」
景隆は柊の受け売りで得た知識を説明した。
鷹山はキラキラとした目で景隆を見つめている。
(違う、作ったのは俺じゃないんだ……そんな目で見ないでくれ……)
鷹山は景隆の内心を知る由もなかった。
「――ということで、まずはアストラルテレコムの研究開発部門に売り込みたい」
「開発環境や検証環境は頻繁に作ったり壊したりするので、仮想化に興味を示しそうですね」
「相変わらず飲み込みが早いな」
鷹山は「えへへ」と照れていた。
「研究開発部門の竜野さんが話を聞いてくれる」
「えっ?! もうそこまで話が進んでるんですか!?」
これも柊のコネである。
柊の出向先はアストラルテレコムの運用部門だが、研究開発部門にもコネがあるらしい。
「そうなると、鶴田さんですね」
鶴田はアストラルテレコムの担当営業だ。
「そうだな、技術的な内容は俺がまとめるから、顧客の提案資料は鷹山と鶴田さんで進めてもらえるか?」
「はい、わかりました!」
鷹山はこれ以上ないくらい元気な返事をした。
***
「白鳥、頼みがある――」
景隆は白鳥に声をかけた。
白鳥はデルタイノベーションの運営に加わっていた。
「言っておくが便宜は図らないからな」
白鳥は軽口を叩いたが、景隆の真剣な表情に驚いた。
「江鳩さんの動向に気をつけてくれ――それと――」
景隆は柊から得た情報をもとに行動を開始した。
そして、ある物を白鳥に託した。
「これは?」
「