「鷹山、デルタイノベーションに出てみないか?」
景隆はデルタファイブのオフィスで仕事をしている鷹山に、何の前触れもなく切り出した。
「はい! やります!」
「返事早っ! まだなにも言ってないけど大丈夫?」
(マルチ商法などに巻き込まれないだろうか……)
景隆は鷹山のことが心配になってきた。
「石動さんが一緒にやってくれるんですよね?」
デルタイノベーションはチーム制だ。
鷹山は景隆がチームに入ることを確信しているようだ。
「ま、まぁそうなんだけど……鷺沼さんはいないぞ?」
鷺沼は景隆が知る限りにおいて、社内で最も技術力があるエンジニアだ。
景隆より社歴が長い柊も同じ評価をしているため、この認識に間違いはないだろう。
鷺沼がチーム内に存在するだけで、仮にコンペでいい結果を出しても周りは鷺沼の力によるものと思われるだろう。
鷹山を盛り立てたい景隆としては、これを避けたかった。
「ん? 問題あります?」
鷹山は、はたと首を傾げた。
その仕草が愛らしく、社内で人気があるのも頷ける。
(俺のことを信頼してくれていると思うのは、思い上がりだろうか……)
景隆はちょっと気恥ずかしくなってしまった。
「それと……やるからには一番を取るつもりだけど、大賞は取れないと思う……自信はあるんだけどな……それでもよければ――」
景隆は奥歯に物が挟まったように言った。
『大賞』とは、最も優れたチームに送られる『イノベーション大賞』を指す。
こんな言い方をすれば、明らかに良い印象を与えないことはわかっていたが、それには事情があった。
景隆は柊の情報から、
「賞に興味がないわけではないですけど、私がやりたいのは石動さんと新しい提案することです」
景隆は思わずドキッとした。
誰に対しても分け隔てなく接している鷹山の性格上、景隆以外にも同様なことを言ってる可能性はある。
しかし、言葉通りに捉えてしまうと、多くの男性社員は勘違いしてしまうのではないだろうか。
(小悪魔め……)
「何? 何? 石動くんと鷹山さん、デルタイノベーションに出るの?」
鷺沼が興味津々に声をかけてきた。
「はい、鷹山にとって良い経験になると思うので」
景隆は鷹山の教育係なので、これは本音だ。
「提案先はアストラルテレコム?」
「そうなりますね」
「じゃあ、私も出ちゃおうかなー」
「「ええっ!?」」
鷺沼は夕食の買い物ついでにおやつを買うようなノリで言った。
「大丈夫、大丈夫! アストラルテレコムとは別のところにするから」
鷺沼はその優秀さから、複数の顧客を担当している。
メインの担当者で手に負えない問題があった場合に、鷺沼が対応することが多い。
先日になってやっと終了できたアストラルテレコムの問題も、鷺沼の助けがあって解決できた。
(これはこれでアリかもしれないな)
景隆にとって鷺沼の出馬表明は渡りに船とも言えた。
鷺沼が対抗馬になることで、自分のチームの背後に鷺沼がいないことが証明できる。
今の景隆には鷺沼に勝てる要素が一つもない。
しかし、今回はバックに柊と新田がいるので、いい勝負ができる可能性がある。
(こういうチャンスはめったにないだろうな……)
「はい、ではお互いがんばりましょう!」
鷹山の前で弱気な態度は見せられないと思った景隆は、努めて明るく言った。
鷹山は驚いた表情で景隆を見ている。
「おぉ、やる気だねっ! いいよいいよ!」
景隆と鷺沼はがっしりと握手した。