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第18話 新田の憂鬱

「はぁ……物足りないわね……」

新田はサイバーフュージョンのオフィスで、残業をしながらため息をついていた。


新田が所属するパーソナルメディア事業部は、社長である上村の肝いりで立ち上がった。

この事業部は、個人が発信するコンテンツを支援するために設立された。

霧島プロダクションから買い取ったブログサービスを皮切りに、現在では動画共有サービスの開発が進められている。


新田は所謂フルスタックエンジニアと呼ばれるエンジニアで、どの領域の技術にも精通している。

しかし、新田が担当しているプロジェクトは事業規模が大きいため、新田はバックエンドの部分のみを任されている状況だ。


「私が全部やったら、もっとうまくいくのに……」

新田が関わっていないフロントエンドやデータベースなどの領域も、新田が関わればもっといいものが作れるという自負がある。

しかし、業務で使える時間は有限なため、新田が関われる領域は限られている。

したがって、システム全体に関われないのは仕方がなかった。


「言語も古いし……」

プログラミング言語などの技術選定は、プロジェクトマネージャーの森川によって行われていた。

新田は森川に、プロジェクトに適切なプログラミング言語やフレームワークなどを提案したが、「社内で使われていない」という理由で棄却されたのだ。


「アイツらの仕事のほうが面白いんだよな……」

『アイツら』とは柊と石動を指している。

柊から提案される技術は最新で、設計や開発プロセスも斬新なものだった。

機械学習のモデルを出された時は、頭が追いつかなかったほどだ。


サイバーフュージョンの仕事で与えられるタスクは、既存の技術を使えば解決できるものだ。

一方で、翔動の仕事は新しい技術を生み出さないと解決できず、創造的な能力を要求された。

現在、新田が取り組んでいる音声認識のタスクもそれに該当する。

新田は難しい問題が与えられるほど、意欲が湧いてくる性格だった。


また、新田が提示する技術的な提案は、全て前向きに検討され、実装に盛り込まれるのがとてもやりがいを感じた。

社会人になってから、こんなに充実して楽しい経験はこれまでになかったといってよかった。


「それに……なんだか気になるし……」

新田は異性に興味がなかった。

子供の頃から、恋愛にうつつを抜かすより、算数や数学の問題を解くほうが楽しかったのだ。


しかし、柊や石動に対しては異性を意識するようになってしまった。

普段は化粧も最低限で、服もその辺にあるものを適当に着ていたが、二人と会う時はおしゃれを意識するようになった。


しかも、柊と石動が二人そろうと、なぜか二人がより魅力的に見えてしまうのだ。

職業柄、原因がわからないことを放置できない新田だが、こればかりは未だに判明しない謎だった。


新田は幼少の頃から容姿が整っていたため、男性からのアプローチが絶えなかった。

告白してきた男性を秒で断っていたため、『撃墜王』という異名がつくほどだった。


二歳上の兄が容姿淡麗でスポーツ万能だったため、同世代の男性はどうしても見劣りする。

新田は成績で学年トップを維持していたため、学力の面でも魅力を感じる相手は一切いなかった。


学校の一人気がある男性からの告白を断ったときは大変だった。

またたく間に噂が広まり、女性の嫉妬や反感を買ってしまったのだ。

せめて、人目がないところで告白してくれればよかったが、断られることを想定していなかったのか公衆の門前で告白してきたのだ。


新田は女性同士の恋愛に関するいざこざを避けるため、迷うことなく高等専門学校へ進学した。

相変わらず、進学しても告白する男性は後を絶たなかったが、女子の比率が非常に低い高専では、告白を断っても問題にならなかった。


「そもそも、なんで女性の進路が偏ってるのよ……」

新田は女性が成長産業に直結する理系の分野を希望しないことに大いに不満を持っていた。

資源の少ない日本が、成長できたのは技術的な要因が大きいというのが新田の持論だ。

社会全体のことを考えると、人口の半数を占める女性が文学や芸術ばかりを嗜好することに問題を感じている。


「ジェンダーギャップとか言われてるけど、女性の就労意識が低いだけでしょ……」

そもそも、新田は女性ばかりが結婚相手に収入の条件を気にしているのがその証左だと感じている。

就労機会の平等を目指すなら、まずは土俵に立つ意識を持つことが先決だし、自分はそれを実践しているという自負もあった。


「――あれ? 石動から?」

とりとめもないことを考えていた新田であったが、石動からのメールが来た途端に表情を一変させた。

新しくeラーニングのサービスを立ち上げるとのことだった。


新田はすぐに飛びついた。

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