「え? OSSにするの? もったいないんじゃない?」
新田は驚いた様子で言った。
景隆は決起会という名目で、ダメ元で新田を居酒屋に誘ってみたが、意外にもあっさりとOKが出た。
この時代では、プログラムのソースコードを公開することは一般的ではないため、新田の反応は自然だった。
柊はOSSにする理由を説明した。
「ふーん、なるほどね……」
「新田ほどの開発者が出てくるかはわからないけどな」
LMSのソースコードはドキュメントも含めて英語で公開する予定であるため、世界中のプログラマーにアプローチできる。
柊は情報を公開したほうが、結果的に得られる利益が大きくなると言っていた。
「そういえば、新田と柊はどうやって知り合ったんだ?」
三人ともに(見た目上の)年齢が近いこともあって、気楽に話せるような関係になってきた。
(最初の印象からすると、劇的な進歩だな……)
「うちでやってるブログサービス知ってる?」
「あぁ、デルタの同僚がやってるよ」
『うち』というのは新田が勤務しているサイバーフュージョンである。
この時代はブログの黎明期であり、サイバーフュージョンがいち早くサービスを提供している。
景隆は白鳥がブログをやっていることを思い出した。
聞くところによると、白鳥の妹もブログをやっており、大変な人気らしい。
「あれは柊が作ったのは知ってるよね?」
「えぇっ!?」
「え? 言ってなかったの!?」
新田は怖い目で柊を睨んだ。
柊はすくみ上がっている。
「俺が作ったブログは、キリプロで運営していたんだけど、CFに売却したんだよ」
キリプロは霧島プロダクション、CFはサイバーフュージョンを指す。
「なんで、お前が作ったブログをキリプロが運営しているんだよ?」
「私も不思議に思っていた」
「まぁ、それは追々話すよ――」
柊曰く、話せば長くなるとのことだった。
景隆はうまくごまかされたような気がしていた。
「それで、柊がブログを移管するためにうちに顧問として来たんだけど……最初のアレはないわー」
「なにがあったんだ?」
あきれたように言った新田に、景隆は恐る恐る尋ねた。
「社内説明会に、くまりーとしらーやを連れてきたのよ」
「誰?」
「え! 知らないの? 神代っていうトップ女優と、白川っていうトップアイドルよ」
「えぇっ! 神代さんが!?」
「なに? あんたも知り合いなの!?」
景隆は「しまった」という表情をしていた。
白川は人気アイドルグループPawsのメンバーであり、その中でも一番人気のトップアイドルだ。
(女優だけでなく、アイドルまでつながりがあるのか……後で問いただす必要があるな)
「今回のLMSを使う最初のお客さんがキリプロのタレント養成所なんだよ。
神代さんも少し絡んでいる」
実際には神代はほとんど関与していないが、柊は新田が納得しやすいように言葉を選んだ。
「ふーん、なるほどね……私は技術的な内容しか興味なかったけど、うちの社員の騒ぎっぷりはすごかったわよ」
新田は芸能人に興味がなさそうだ。
ITエンジニアは男性が多い。
あからさまに男性社員に受けがよい企画をされると、女性の新田としては面白くないだろうと推測された。
「そりゃー、盛り上がるだろうな」
「もう、希望者が殺到して大変だったんだから」
「新田はなんで応募したんだ?」
新田の様子からすると、ブログサービス自体に特に思い入れはなさそうだった。
「え……えっと、中で使われている技術が面白そうだったのよ!」
新田はなぜか言いよどみながら答えた。