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第9話 天才エンジニア

「新田由加です」

新田と名乗った目つきの鋭い女性は、抑揚のない声で自己紹介をした。

(すげぇ美人だけど――と……とっつきにくい)


LMSを開発するにあたり、柊が助っ人として呼び寄せた新田に、会議室を借りて説明することになった。


「新田は敬語は苦手なので、気を楽にして話してくれ」

景隆は柊が無茶ぶりをしてきたと感じた。

新田は当たりがきつそうで、とてもではないが気楽に話せそうにもない。


「石動でいい? 私のことは新田でいいわ」

「あ、あぁ、よろしく」

景隆は顔を引きつらせながら応じた。


「石動、概要だけは伝えているが、今作っているLMSについて説明してくれ」

LMSの内容については柊のほうが詳しいが、柊は今後のことを考え、景隆に説明させた。


「新田、このプロジェクトに参加するかどうかは、石動の話を聞いてから判断してもらって構わない」

「ええ、いいわ」


(聞いてないよォ)

景隆は自分の責任が急に重大になったことで緊張した。

柊はあえてこれを伏せていた。

今後もこのような場面が何度もあるということだろう。


新田はインターネット企業『サイバーフュージョン』の社員であり、柊は新田に副業としてプロジェクトに参加してもらうことを打診している。


「LMSはLearning Management Systemの略で――」

景隆が技術的な話をした途端に、新田は目の色を変えたように食いついてきた。


新田から矢継ぎ早にくる難しい質問に対して、景隆はしどろもどろになりながら答えた。

景隆が答えられないところは柊がフォローした。


(話には聞いていたけど想像以上だな……)

景隆は新田の知識の豊富さと、頭の回転の速さに驚愕していた。

景隆もデルタファイブの社内ではそれなりに評価されてきたが、とても同世代とは思えないほどの水準だった。


***


「ありがとう。機能は地味だけど、中で使われている技術にはすごく興味を惹かれたわ」


新田の感想を受けて、景隆は「ほぉーっ」と一安心した。

景隆はこれまでの仕事で年配の上司や顧客相手に緊張することはあったが、同世代相手にここまで緊張したのは初めてだった。

今の新田は、初めの印象とは異なり、目当てのおもちゃを買ってもらった子供のような顔をしている。


「なによりも設計がいいわね。フレームワークの設計は柊なんでしょ?」

「あ、あぁ」


柊は歯切れの悪い返事をした。

正確には、未来のフレームワークを柊が記憶をもとに再現したものだが、ここでは言えない。


「どう? やってくれそう? 報酬は言い値で払うつもりだけど」

「ええ、いいわ。いくらお金もらっても興味がなかったら断るつもりだったけど」

景隆は新田の性格がだんだんわかってきた。

技術的なことにしか興味がないらしい。


「ここから先は機密情報なので――」


柊はNDA(秘密保持契約書)を用意し、説明を受けた新田はその場で躊躇なくサインした。


***


「ちょっと! こんな面白そうなものがあるなら、先に言いなさいよ!」

柊が機械学習モデルの説明をすると、新田が今日一番の食いつきを見せた。


「いゃ、だから機密情報なんだって……」

「石動の説明で私が断ってたらどうするつもりだったのよ!」

「そうだ、そうだ」と景隆は新田に同意した。


「モデルの学習する部分は高速な処理が必要なので――」

柊はLMSとは異なるコンピューター言語であることを説明した。


新田は複数のコンピューター言語を使いこなしており、自分が知らない言語にも抵抗がないようだ。

新田は難しい課題ほど意欲が湧いてくるタイプのようで、早くも実装方法の提案をするほどだった。

景隆は、柊が新田を欲しがった理由がよくわかった。

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