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第5話 起業

「なんだ?」

「会社を作って、お前が代表になってほしい」

「えええっ!?」


「ちなみに、今勤めてる会社はそのままで構わない。

デルタファイブは副業OKだよな?」

「あぁ、大丈夫だ」


「実は、今の会社を辞めようと思っているんだ」

「なんで?」

「柊翔太として就職先の選択肢がなかったんだよ。氷河期だしな」


この時代は就職氷河期と言われていた。

バブル崩壊後の不況で、就職は非常に厳しい状況だった。


さらに、柊が勤務しているアクシススタッフは副業禁止だった。

この規定がなければ、柊はもっと長く会社に留まっていたかもしれない。


「それと……俺はもう会社員は無理だとわかった」

柊は会社員という職業を諦めたようだ。


「え?俺、将来会社を辞めるの?!」

景隆は突然のネタバレに驚いた。


「明言は避けるけど、俺が石動景隆のときは会社を辞めて起業したんだ」

「今詳しく聞いても、どうせ俺の将来と重ならないんだよな……」

「そうなるな。悪いな……人生変えてしまって」

「いゃ、こっちのほうが楽しいだろ」

「そう言ってもらえるとありがたい」


「それで、なんで俺が会社を作るんだ? 柊じゃダメなのか?」

「さっきも言ったように、できるだけとしては、目立ちたくないんだよ。

家族は仕方ないとしても、柊翔太を知っている人に見つかるとややこしいことになる」

「あぁ、なるほど」


「すでに、中学の同級生と思われる人物に会ってしまった」

「まじか?」

「あの時は助けてくれた人がいてくれたおかげで、なんとかなったんだがもう懲り懲りだ」


「会社を作るのはいいけど、俺は何も知らないぞ?」

「あぁ、よく知ってるよ。

諸々の手続きは俺がやるから、代理人じゃできないことをやってくれ」

「わかった」


「あとは、これが一番大変なんだが、資本金を出してほしい。

俺も出資するが、石動より出してしまうと実質支配者が俺になってしまうんだ――」


柊は景隆に必要な金額を伝えた。


「げっ、結構な額だな……」

「もう少しすると、会社法が改正されて1円でも設立できるんだけどな」


景隆も柊も、普段はほとんどお金を使わないため、貯蓄額はそれなりにあった。


「ちなみに、誰かに出資してもらうことも考えたがやめることにした。何故かわかるか?」

「いゃ、全然わからん」

「株式会社は株主総会の開催義務があるんだよ、誰かに出資してもらうと経営に関与されることになる」

「あー、それは都合が悪いな。俺たちの間でしか話せないこともあるし」

「そのとおりだ」


会社法が改正されると、合同会社が設立できるようになり、この場合は株主総会の義務はなくなる。

柊は会社法の改正までは待ちきれなかったため、景隆にこの情報は明かしていなかった。


「それと……会社を作る際に決めなければならないことがある」

「ん?わかった!会社名だ!」


「そうだ、一応、お前の会社だから決めてもらっていいぞ」

「急に言われてもな……」


景隆は少し考え込んでから言った。


「創業者2名の会社名ってあるだろ?

『プロクター・アンド・ギャンブル』とか、『ヒューレット・パッカード』とか……」

「俺の名前を入れるなよ」

「わかってるよ。けど、一文字だけならいいんじゃないか?」


景隆は、チラシの裏に会社名を書き出していった。


石柊、景翔、動柊、景動……


窓の外はすっかり明るくなっており、気づかない間に徹夜しまったようだ。

『とんでもない一日だった……筑前煮を食ってたときには想像もしなかったよ』

柊はぶつぶつと独り言を言ってる。


「翔動!……翔動はどうだ!」

「あぁ、躍動感があっていんじゃないか」


こうして『株式会社翔動』が誕生しつつあった。

この企業が世間を騒がすことになるのは、少し後になる。

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