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第7話 奇譚造士

 この1ヶ月程は変化しかない日々だったが、ようやく今の形で落ち着こうとしている。

 毎日修行に励んでいるナッピーと、それに巻き込まれるアルル。それ以外は、至って変わらない日常を過ごしている。


「そーおーしくーん、学校行こー?」


 拓哉だ。飽きもせず、しょっちゅうああやって迎えに来る。

 玄関先で拓哉に文句を垂れるのも、恒例行事となりつつある。


「お前なぁ、ホント小学生かよ。何回も言ってるよな。俺らがここに住んでるの秘密なんですけど?」

「あっ、悪ぃ悪ぃ」


 悪びれた様子もなく無邪気に笑う拓哉の額を、蒼士がはたこうとした。が、それよりも先に、アルルの拳が拓哉の頬にめり込んだ。


 ドズァッ、ズザザザザァ────


「いいぃってぇぇぇぇぇっ!! えっ、何!? は? 今のアルルちゃん!? 何で!?」


 殴られた頬を押さえ、拓哉がパニくっている。流石に可哀想になるくらい吹っ飛んでいたんだ。そりゃパニくるだろう。


「いや〜、蒼士が殴ろうとしてたんでな、先にやってやろうと思ったまでだ」


 ふふん、と満足気なアルル。腰に手を当てふんぞり返っている。


「俺はそんな勢いでは殴らない····」

「そうなのか? まぁいい、拓哉が悪いのだろう?」

「まぁ、拓哉が悪い」

「ちょ酷くない? アルルちゃん機嫌悪くない?」

「別に。ちょーっと鍛錬に付き合わされて疲れただけだ」

「拓哉、ドンマイ」


 俺は、この上なく嫌味な顔で見下ろし、親指を突き立てたイイネの構えを拓哉に向けた。


「お前友達なくすぞ! てかさてかさ、アルルちゃんってさ、なんでも出来るけどホンット中身ポンコツだよね」


 ドズァッ、ズザザザザザザァァ────


 再び、拓哉の顔にアルルの痛烈な拳がめり込む。自業自得としか言いようがない。


「拓哉、そういうトコだぞ」

「ふんっ! 拓哉、そういう所だな」

「いっっっつぇぇぇぇぇ!!! どういうとこだよぉ!?」

「拓哉殿、生きている限り学び続けなければなりません」


 空中から拓哉を見下ろし、ナッピーが憐れむように言った。


「ナッピー、いつの間に····。ほいでお前は立派なこと言うのな。むっかつくわー!」

「拓哉殿は17歳とは思えぬ振る舞いですね。そうはならぬよう精進します」

「うん。そうして。俺、もう学校行くわ······」


 冷静になった拓哉は、静かに立ち上がって鞄を拾った。


「待てよ、俺も行くって」


 俺は、拓哉のしょぼくれた背中を追う。

 わざわざ遠回りをして迎えに来てくれる拓哉に、さほど強い事は言えない。だが、これだけは言わなくてはならない。

 俺は、拓哉に『一緒にアルバイトをしてみないかと』誘った。案の定、暇を持て余した拓哉は二つ返事で誘いに乗った。



 放課後、早速俺たちは、目星をつけていたコンビニへ面接を受けに行った。人手不足らしく、すんなりと受かった。

 翌日から研修が始まった。まずは裏で品出しだ。


「なんで急にバイトなの?」

「急に大所帯になったからな。お前も半分住んでるようなもんだろ。週末前後もうちに居るようになったしな」

「そっか。俺も食費くらいは稼がなくちゃな」

「いやまぁ、楽しいからいいけどさ。親は何か言わねぇの?」


 拓哉の家の事情は知っているが、建前上聞いてみる。


「俺ん家めちゃくちゃ放任主義だからな~。生きてたら良しって感じじゃん?」

「まぁ、おばさんたち基本海外だもんな。俺は今の生活結構気に入ってるから、お前がいいならなんでもいいけどさ。けど流石に、これ以上問題とかは勘弁してほしいな」

「確かに。でもまぁ、さすがにもう何も起こらねぇだろ」

「おい、マジでフラグみたいなこと言うのやめろよ」

「あっはは。けど、そんなフラグとか現実に……」


 ピロロロロローン


 ドリンク棚の隙間から店内を覗き見る。

 黒髪ロングの清楚系美女が入店してきた。スラっと背が高く、大きな瞳で店内を見回す。

 続けて、もう1人入ってくる。銀髪で、鋭い目をした長身の男。色眼鏡サングラスをかけて派手な身なりをしているが、どうやら先に入店した女の連れのようだ。

 気になるのは、やたらと他の客が怪訝けげんそうな顔で見ている事だ。


 男は女の肩を抱き、店内を練り歩く。商品を見ているというより、物色しているようにみえる。どう見ても不審者だ。


「もし、よろしいでしょうか。少し尋ねたいのですが」


 男が年配の女性店員佐藤さんに声をかけた。明らかに怯える佐藤さん。無理もない。激しめのロック歌手のようなナリで不敵な笑みを浮かべ、丁寧過ぎる物言いの大男。違和感しかない。


「ここに、蒼士と拓哉という者はおりますか」


 佐藤さんは、慌ててバックヤードへ俺たちを呼びに来た。バイトを始めた事を誰かに話したかと、疑問に思いつつも言われるがまま店内へ向かう。


「おぉ! 蒼士、拓哉! おぬしらが帰らぬから、心配して見に来てやったぞ」


 バックヤードの扉から覗く俺たちを指差し、堂々と風貌に合わない話し方で声を掛けてくる。間違いない。アレはアルルバカだ。


「げっ··、あれってアルルちゃんだよな」

「あー····。てことは、隣はドラルか?」

「おい、ドラルが何か背負しょってんぞ」

「うーわ、あれまさかナッピー? あの見てくれで赤ちゃんはナイわ。犯罪者感すげーな」


 清楚系美女に扮しているはアルルで、変身ではなく変装している銀髪メガネはドラルだ。ドラルがおぶっているのは、赤ん坊にけたナッピーだろう。

 よく通報されずにここまで辿り着いたものだ。


「拓哉、仕事戻ってていいよ。適当に帰すから」

「お、おぅ。あんまキツいこと言ってやんなよ。俺は気にしてないから」


 そう言って、拓哉はバックヤードへ戻った。俺は、意を決して連中に近づく。


「で、お前ら何してんの?」

「ですから、2人を心配して様子を見に来たのですよ」

「あ〜ぶぅ〜」

「何その格好?」

「この世界に馴染んでみたのだ。どうだ、良い感じだろう」


 アルルは調子に乗り、クルクルと回ってみせる。淡い水色のワンピースがふわっと舞い上がり、良い香りが漂う。

 無駄にいい女に化けやがって。無性にイラつき、店の前へ視線を逸らす。


「なぁ、おい。あの警官って、お前らを探してるんじゃないよな?」


 店の外で、辺りをキョロキョロしている警官を指差して言う。俺の直感が、あれはアルル達を探しているのだと告げる。


「お前ら裏口から出て帰れ。元の姿に戻ってからな!」

「何故だ。せっかく変身してきたのに。似合っておるだろう?」

「似合ってるとかの問題じゃねぇんだよ! どう見ても不審者なの。特にドラルがナッピー背負ってる辺りな!」

「え、私とナッピーですか?」


 心外と言わんばかりのドラル。今は相手をしている暇などない。

 とにかく、3人を急ぎ店から追い出す。誰にも見られないよう元の姿に戻らせ、お得意の移動魔法でとっとと帰らせた。

 どうして、はなっから移動魔法で来なかったのか不思議である。


 佐藤さんの方は、拓哉が上手く誤魔化した。3人が店を出た直後、警官が店に来た。やはり俺の直感通り、アルル達を探していたようだ。本当に、間一髪だった。


 家に帰るなり、俺はアルル達に説教をかました。それは小一時間続き、途中アルルは口を開けて船を漕いでいた。拓哉は、今日も今日とて遊びに来ており、そんなアルルを見て笑い転げている。

 こんなハチャメチャな生活も悪くないと思うが、気苦労は耐えないのだろうと心の片隅で少しだけ覚悟した。



『 ねぇ、蒼ちゃん。そろそろお説教はいいんじゃない?』


 幼女形態アルルの見てくれで、母さんの意識が出てきた。何気ない仕草が、少しばかり年齢を感じさせる。


「母さん、最近ちょこちょこ出てくるね····」

『 アルルちゃんが眠っている時は出てこれるみたいなのよ〜。コツがあってねぇ』

「そ、そうなんだ。母さん、それはまた今度聞くから」


 アルルがうたた寝をすると、時々こうして出てくる。説教しづらいから、こういう時は控えてほしいんだけどな。


「ドラル、アルルは頼りにならんから頼むぞ。お前まで一緒になってバカな事されちゃ、たまんねぇんだよ」

「今日の事は本当にすみませんでした。これからは、私が責任を持ってアルルとナッピーを管理致します。どうぞ、ご安心を」

「いや、お前も大概だけなんどな。まぁ、こうなったら俺も覚悟を決めて、めちゃくちゃな日常を満喫してやろうと思うよ」


 いつもこうだ。段々、説教しているのがバカバカしくなってくる。


「いつでも我が助けてやるぞ! このハイスペックな我がな」

「おはよう、アルル。ほどほどに頼むよ。あと、母さんがびっくりするだろうから、急に代わるのはやめてあげて」

「そうだな。これは配慮が足りなかった。すまぬな、樹里」

「それにしても、アルルちゃんもおばさんも、コロコロ入れ変わって大変そうだよねぇ」

「そんな事はないぞ。樹里はいつでも入れ替われば良いのだ」


 いつの間に、母さんを“樹里”と呼ぶほど仲良くなったのか。精神の中で交流できると言っていたが、俺にとってはあまり好ましくない。

 なんとなくだが、友達と親の仲が良すぎると、複雑なものじゃないだろうか。


「そんな自由に入れ替わってて良いのかよ····。母さんに負担がないなら勝手にしてくれたらいいけどさ、飯の準備意外にしてくれよ」

「前々から思っておったが、蒼士はアレだな。マザコンと言うやつだな」


 俺は、断じてマザコンではない。親を大切にしているだけだ。それなのにまったく、失礼極まりないヤツめ。

 アルルのツインテールを握り、ギチギチと引っ張って戒めてやった。ドラルが武力行使で止めに入ってきたので、ガミガミ小言をぶち撒けて説教を終える。


 こんな騒がしい日常にも慣れ、この生活を楽しいとさえ思えるようになった。母さんと2人で、静かに暮らしていた頃には考えられなかった騒々しさだ。それを、まだ暫く続けていたいと思うのだから、俺もそこそこイカれている。

 この2ヶ月近く怒濤の日々だったが、それなりに充実していた。別れがあれば出会いもあり、悲しみと隣り合わせに楽しみもまた在った。母さんの死に、心を痛めている余裕すらなかったのは、紛れもなくコイツらのおかげだ。本当に不本意だが。

 こうして、経験を重ね心が成長してゆくのだろう。コイツらのおかげでそれができているのなら、もう少し感謝してもいいかもしれないな。


「って、おい。言ったそばから母さんに料理させんな!」



[完]

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