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第6話 美しきかな、異世界人

 俺が消息を絶って、そろそろ1週間。所持金も尽きたので、ひょこっと帰ってやった。絶世の美幼女を連れて。



「えーっと、ただいま」


 俺の帰宅に、皆は怒りつつも安堵してくれた。のもつかの間、俺に手を引かれている美しい子供に気づく。


「ちょーっと蒼士ぃ、その美少女誰よ?」

「······女の子じゃない」


 俺の後ろに隠れながらそう言うと、拓哉をキッと睨みつけた。


 あの日、駅に向かう途中、この子が線路の傍らを歩いている俺の目の前に降ってきた。にわかには信じがたい話だが、アルル達の事がある。もう何でも来いだ。

 家を出た時点では、口座にそれなりの金額があった。だから、暫くは食い繋げると思っていた。さほど遠くにも行かず、ただ自分と向き合う時間が欲しかっただけなのだから。


 しかし、この子と出会ってしまい、ほぼ間違いなくアルル関連だと悟った俺は諦めて行動を共にした。とことん無口で、聞かれた事にしか答えなかったので、話したくないのだと思い多くを聞かなかった。

 とりとめよく食べる以外、何の変哲もない、空から降ってきただけの子供。魔法も使わなければ、意味不明な事も言わない。

 既に、幾分か感覚が狂っているのは自覚している。だが、俺にしてみれば久々に出会ったまともな人間だったのだ。その所為か、妙に気を許してしまい家まで連れてきた。


 ここまで黙って聞いていた拓哉は、開口一番、予想通りのツッコミをかました。


「登場、完全にラ●ュタじゃん!」


 拓哉は、キラッキラに目を輝かせている。


「俺も思った。思わずあの受け方したよ。男の子だったけど」

「いや〜、俺もあれで受けるわ」

「蒼士殿、拓哉殿、ラピュ●とは何です?」


 ドラルが、頭上に疑問符を受かべて聞く。


「あぁ、こっちの世界で有名な話だよ。俺にも降ってこねぇかな〜。俺はちゃんと女の子がいいな〜」

「こんな事、滅多にあってたまるかよ。ところで··、アルルはどこ行った? さっきまでそこに居たよな?」

「アルルでしたら、その子を見るなり出てゆきましたが」

「何で?」


 俺は、ドラルが現れた時のことを思い出した。


「やっぱこいつ、お前らの知り合いか」

「いや、蒼士。このパターンは間違いなく知り合いだろうよ」

「お見事です」

「一応聞こうか。アルルがどうして逃げたのかを」


 ナユタナ・ピュール・ヴィーラと名乗るこの美少年は、アルルとドラルの曾孫ひまごらしい。見た感じ6歳くらいだが、中身は80近いそうだ。


「ナッピー、どうして此方こちらに来てしまったのです? 両親は?」

大爺おおじい様、私はもう立派な魔法使いです。親元を離れ、とうに独り立ちしております」

「そうですが、まさか此方に来てしまうなんて····。戻るのは容易ではありませんよ」

「覚悟の上です。私はアルル大婆おおばあ様に憧れて魔法使いになったのです。どのような地でも、たとえ独りぼっちでも、必ずや大魔法使いになると誓ったのです!」


 拳を胸に、高らかとこころざしを語ってくれる。だが、俺たちはやるせない気持ちにさいなまれていた。


「あのぅ··、話の腰折るようで申し訳ないんだけどさ。ここ、魔法使い居ない世界だよ?」

「バカ拓哉。もっとタイミング見て言えよ」

「お、大爺様····、あの者が世迷いごとを!」

「いいえ、ナッピー。残念ながら事実ですよ。この世界は平和で、魔法などなくとも便利な世界なのです」

「そのような世界があるものですか! 我々魔法使いは、いつの世も何処にでも現れ平和をもたらす為に存在しているのでしょう!?」

「我々の世界ではそうでした。ですがナッピー、現実を見なさい」


 2人の間ではどんどん話が進んでゆく。しかし、蒼士と拓哉には気になって仕方ないことがあった。


「ちょっと待ってくれドラル。“ナッピー”が気になってこれ以上集中できない」

「俺もだわ。ナッピーって誰よ。流れ的にこの子の事だよな? そんな名前だっけ?」

「えぇっとですね、愛称のようなものです。ほら、私もドララルですが、ドラルと呼んでいただいているでしょう。我々の世界では、フルネームが無駄に長いのです。ですから、愛称で呼び合うのですよ」


 ドラルは、とても面倒臭そうに説明してくれた。無駄に長くて使われない名前なら、いっそ愛称を名前にすればいいのに。コイツらの世界の奴らは、アホばっかりなのだろうか。

 だが、これ以上この話をするのは不毛だ。正直どうでもいい。


「なるほど。失礼しました」

「しましたー」


 ふざけて頭を下げる俺たちに、ナッピーが真面目な顔を向けた。凛々しく美しいその立ち姿に、俺たちは思わず姿勢を正す。


「蒼士、拓哉殿、この度は曾祖父母が世話になっているようでかたじけない」

「め、めっそうもないでござる」


 前々から話し方が堅苦しいとは思っていたが、武士かよ。拓哉まで、ござるってアホか。


「なぁ、お前らの事情は知らないけどさ、とりあえずアルルは何で逃げたの?」

「それはきっと、ナッピーの修練地獄に巻き込まれるのを恐れたのでしょう」


 修練地獄って何だ。普通、修練を受けるほうが逃げるんじゃないのか。


「何だよそれ。でも、この世界で修練とかできないだろ」

「いいえ、拓哉殿。異次元仮想空間ならできます」

「何それ、めっちゃカッコイイじゃん」


 拓哉がまた、目を見開いて瞳を輝かせている。


「アルル大婆様が開発された、魔法訓練用の仮想空間を出現させるのです。簡単に言うと、異次元空間のひずみにを作り、魔力で強引に壁を作って外界と遮断するイメージです。その中でなら、どんなに派手な魔法をぶっ放しても現実の世界に害はありません」

「え、何この子。危険じゃない?」

「俺、こんなヤバい子供と一緒に旅してたの? 怖すぎるんだけど」


 強引に異次元空間を開くって事か? よく分からんが、なんにせよ力技なんだな。アルルらしい発想だ。


「で、ナッピーはこれからどうすんの?」

「アルルに頼めば、彼処あちらの世界へ返してもらえるでしょう。じいじが一緒に頼んであげますよ」

「いいえ、こちらに残ります」


 予想通りの反応に、全員肩を落とす。ドラルは頭を抱えながらアルルを呼び戻しに飛んでいった。


「つぅかドラルさぁ、あの顔でじいじは無いわ」


 庭先に腰を落ち着け、ダレた様子で話し始める拓哉。


「確かに。どう見ても20代前半の顔だよな。綺麗系イケメンだし」

「それな。マジでムカつく。何なの異世界人、美しすぎない? 3人しか知らねーけど」

「それな。出会う奴全員美形ってなんだよな」

「かく言うお前もイケメンの部類だよ、蒼士くん」

「ははは、お前も雰囲気はイケメンだろ」

「喧嘩は高価買取中だぞ、やんのか? おぉん?」


 言葉とは裏腹に、やる気のない拓哉。ボーッと空を眺めている。


「ははっ、やらねぇよ。なんかさ、全部嘘みたいだな。この1ヶ月くらい、非現実的過ぎてさ」

「だな。そこで美少年が空中浮遊してんだもんな。何だこれ」


 俺と拓哉は、我慢していた物を全て吐き出すかのように笑い転げる。まるで小さな子供の様に、ケラケラと大声で笑い続けた。

 そんな俺たちの様子を、空中から冷ややかな目で見下ろすナッピー。それはそれは、容姿に合わず大人びて見えた。


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