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第3話 戦慄夜伽女子

 ──ガチャ、キィー······


 部屋の扉が静かに開いた。この家には俺とアルル以外には居ない。外部からの侵入者でなければアルルだ。


 なんだろう。まだ、覚悟していないのだが。面倒臭いから、寝たフリを決めこんでやろう。俺は疲れてるんだ、寝かせろ。


「蒼士ぃ······」


 やはりアルルだ。にしても、なんちゅういやらしい声で──


「んぇっ!?」


 子供っぽさのない声のなまめかしさに気付き、思わず飛び起きた。と同時に振り返ると、そこにはとても成長した大人のアルルが居た。


「おっ、お前の身体はどうなってるんだよ!? なんでそんな、そんな、そん、な、ぼ、ボインボインなんだよ······」


 動揺して声が上擦うわずる。どこに視線をやればいいのかと、みっともなくたじろいでしまう。


「なんだ、照れておるのか? 躯体をいじるなど造作もないわ」

「あーっそ! で、何の用だよ。そんな痴女みたいな格好で男の部屋に忍び込んで何考えてんだよバカッ!」


 透けに透けたベビードールとやらが、今にも弾けそうなモノを苦しそうに抑え込んでる。健全な高校生にはかなり刺激が強い。

 おかげで、みっともなくつらつらと早口で聞いてしまった。めちゃくちゃカッコ悪いじゃないか。


「ふふ〜ん、おぬし、童貞だろう。ま〜ったく、お子ちゃまな反応をしおって」

「ほっとけよ! ど、童貞とかお前に関係無いだろ!?」

「いーや、ある!」

「なんでなんだよぅ····。もう勘弁しれくれよ。頼むから、寝させてくれよ」


 ダメだ、もう泣きそうだ。疲れと環境の変化による混乱、そして、ワケの分からないロリとの絡みにうんざりだ。


「蒼士、先程は死んだと言ったがな、母君は我の中で生きておるよ」

「なっ!? なんだよそれ。どういう事だよ!」


 俺はアルルの肩を鷲掴み、凄い剣幕で問い詰めた。


「痛い痛い。落ち着け」

「あ··、悪い」

「魂がな、我の中で生きておられるのだ。母君はな、蒼士の行く末を案じておられるぞ。孫の顔も見ぬうちに亡くなってしまわれたのだ。そこら辺はさっしろ」

「じゃぁ何か? それで、母さんが俺が童貞かを知りたがってるってのか? 信じられるか!」

「ダメか······」


 ガックリと言わんばかりに、アルルは肩を落とした。完全に、俺を舐めてやがる。


「お前、どこから嘘だ? 全部か?」

「孫の顔も··、辺りだな」

「待て。って事は、お前の中で母さんの魂が生きてるってのは本当なのか?」

「あぁ、本当だよ。安心したか?」


 大人のツラで、そんな柔らかい笑顔を向けられると困る。心臓が跳ねて、よく分からない感情が込み上げる。


「嘘ついてたって事か。最低な嘘くんだな。お前には人の気持ちがわかんねぇのかよ。魔法使いって人間じゃねぇの?」

「ふーむ····、我々は人間であって人間ではない。魔法使いになれる人間の魔力は底知れぬ。通常の人間の数倍は生きられるほどにな」

「······ん? てことはお前、本当は何歳なんだ」

「300と19だ」

「なんだ、ロリかと思ったらババァかよ」


 失言がアルルの逆鱗に触れ、数秒後に家の中を洪水が襲った。さながら洗濯機だ。

 アホみたいにデカい窓が割れ、だだっ広い庭に水が流れ出たおかげで助かった。幸い外は雨が降っていたので、周囲には気づかれてはいないだろう。


「げほっ、ごっほ····おまっ、馬鹿かよ!! また家が··!」

「ぐぉっほ、げへっ··蒼士が、悪っ、す、すぐ戻すわ!」


 アルルは感情的になりやすい。319歳のババァならもう少し落ち着けよと思うが、もう何も言わないでおこう。



 シャワーを浴びなおし、これでようやく眠れる。そう安堵した。

 何事も無かったかのように、元通りになったベッドに倒れ込む。そして、眠りに落ちようとした瞬間、再び扉が開いた。


 ──キィィィィ──


「はぁ····。アルル、いい加減にしてくれ。お前の中には母さんがいるんだろう? 変な事はしてくれるなよ。つぅか眠いんだって」


 そう言って振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。今度こそ侵入者だ。


「おわぁっ!!? だ、誰だよ!」


 一難去ってまた一難。これ以上面倒に巻き込まれたくないと、この瞬間切に願った。


が名はドララル・ナルレラ・アルロ・ヴァレンツィ・ヴィーラ」

「······あ?」

「我が名は、ドララル・ナルレラ・アルロ・ヴァレンツィ・ヴィーラ。もう一度だけ言ってやる。ドララル・ナルレラ・アルロ・ヴァレンツィ・ヴィーラだ」


 透ける様な銀髪に、紫色の瞳が映える美形の若い男だ。タキシードを華麗に着こなしている。

 そんなイケメンが、アホみたいにマントをバッサバサ靡かせながら、長ったらしい名前をご丁寧に3度も唱えてくれた。


「で、なんて呼んだらいいんだよ」

「ぐぅぅ····ドラルで構わん」

「ったく、何しに来たんだ? どうせアレだろ。アルル関係だろ」

「貴様、我が愛妻を知っておるのか。詳しく話せ。内容いかんでは、この場で貴様を灰にしてくれる」


 ツカツカと歩み寄ってきて、目の前で立ち止まる。190cmはあろうかという大男だ。見下ろされると流石に怖い。

 それよりもだ。ヤバい事をサラッと言っているが、それどころじゃない発言が飛び出したな。


「あい··さい····? えっ、嫁!?」

「おい蒼士! 何を騒いでおるのだ? 我はいい加減眠いの、だ····」

「おぉ、アルル! 我が愛しのアルル!」


 バリィィィン────


 目を擦りながらやって来たアルルは、この大男を視界に入れた途端、俺たちの間を颯爽と走り抜けた。そのまま窓を突き破ると、一目散に飛び去りやがった。



 取り残された野郎2人で、茶でも飲みながら事情を聞こうとリビングに案内した。こうなってしまっては、もう腹をくくるしかなかった。

 西洋人のようなので、紅茶でも出そうとキッチンを漁る。ティーカップを探したが、そんな小洒落こじゃれたものは見当たらなかった。

 仕方なく100円ショップの煎茶を淹れたのだが、ドラルと名乗るその男は、見惚れるほど上品に飲みあげた。テーブルにコトリと静かに湯呑みを置き、ようやく話を始める。


「まず聞くが、我が妻はなぜあの様な格好を?」


 “あの様な”とは、ベビードールをまとった妖艶ようえんな姿の事だろう。


「アンタの嫁がアホだって事だよ」

「真顔で言うことか。 貴様、我が愛妻を愚弄ぐろうしておるのか?」

「いや、事実だ」


 これまでの経緯いきさつを説明し、ご主人から丁寧な土下座を頂いた。


「ご主人、頭を上げてください····」

「いや、我が愚妻ぐさい愚行ぐこうびなければ····」


 そこへ、散歩でも終えたかのように、平然とした様子でアルルが帰ってきた。


「おぬしら、何を這いつくばっておるのだ」

「アルル、ご主人がお前の愚行を詫びてくださってるんだ。つぅかお前が詫びろよ!」

いのです、蒼士殿。これがアルルの可愛い所ですので」


 人差し指で頬をカリカリ掻きながら、はにかんで言うドラル。親バカならぬ夫バカだなと、俺は眉を潜めてドラルを見下ろした。


「おいおい、しっかりしろよ。そうやって甘やかすから、アルルがこうなんだろうが」

「蒼士はナニと同じく肝が小さいな。ドラルの広量さを見習うがいぞ。はははっ!」

「いっぺんはっ倒してやろかコノヤロウ。だいたいなぁ、俺のナニなんぞ見た事ないだろ。何でそう誤解を招くような事を言うんだアホ!」

「蒼士殿、アルルへの暴言は見逃せませぬ」


 どこが暴言なんだ。全て事実じゃないか。

 あぁ、なんだか可笑おかしなことになってきたな。アルルは自由奔放すぎるし、ドラルも間違いなく変な奴だ。


「ところで蒼士殿。我が愛妻、アルルと間違いは御座いませんでしたか? 先程ナニの話が出ましたが。アルルが愛くるしいからと、もしや──」

「まったく何もありません。指1本触れてませんよ。アルルがちょっと痴女ちじょってただけです」


 俺の呆れきった顔を見るやいなや、ドラルは再び深々と美しい土下座を披露した。そして、何をするつもりなのか、何もない宙から短刀を取り出した。


「愚妻の度重なる愚行、この腹を切ってお詫び申し上げ──」

「わぁぁっ!! 待って、マジで! そこまでしなくていいから! とりあえずお茶でも飲み直しましょう。ねっ!?」


 一旦落ち着こうと、3人で静かに茶をすすった。



 まず、言葉を放ったのはドラルだった。


「改めまして、この度は愚妻の度重なる愚行、誠に申し訳御座いませんでした。こと母君の事に関しては、詫びようがございません。ほら、アルルも謝罪しないか」

「ぬぅぅ。すまなかった」


 態々わざわざ立ち上がり、ドラルは深々と頭を下げた。そのドラルに頭を押さえ込まれ、アルルも渋々頭を下げる。


「もういいよ。それより、なぁアルル。母さんはお前の中で生きてるんだろ?」

「ん? あぁ、肉体は一度ちた··というか、我が乗っ取った形になるがな。しかし、そのおかげと言ってはナンだが、魂は我の中にり続ける事ができる」


 いよいよ、本格的にファンタジーだな。いや、とっくにファンタジーか。

 まだ半信半疑なところはあるが、嘘を吐いているようにも思えない。一旦、信じるしかなさそうだ。


「もう嘘吐いてないだろうな」

「吐いておらぬわ。まぁ、在るべきところかえそうと思えばいつでもできるがな」

「そうか。なら、しばらく3人で暮らすか」

「····は? 蒼士殿、何を?」


 困惑した様子で、ドラルは状況を探る。困り顔までイケメンなのが腹立たしいな。


「いやだってさ、お前ら自分の世界には帰れないんだろ? 俺も1人よりかはマシだしな。つーか、お前らこっちの世界の事何も知らないだろ」

「確かに、共に居てもらえるのはありがたいですが」

「よし、決まり。それじゃ、明日からよろしくな」

「うむ、よろしくな、蒼士」

「はい。蒼士殿、よろしくお願い致します」


 この夫婦はどうしてくっついたのか気になるな。まぁそんな事は明日でいい。

 間もなく朝日が昇りそうだが、とにかく眠ろう。もう、誰も邪魔してくれるなよ····。


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