拓朗の葬儀から一週間が経ち、朔也はこの家での生活にほんの少しだけ馴染んできていた。
朝、寝室を出てリビングに行くと、キッチンから麟が姿を現し、かしこまって朔也に頭をさげる。いつも通りの決まった日課だ。
「おはようございます」
「おはよう」
「すぐに、朝食をご用意させていただきます」
キッチンに引っ込んだ麟を見送った後、朔也はダイニングテーブルのイスに座り、新聞を開く。ネットに載らないようなささいな出来事も地方紙の紙面は拾い上げてくれる。しかし、世間は平穏無事すぎて、朔也とは違った時間の流れにあるように感じられた。
10日ほど前に起きた拓朗の変死事件の続報は、新聞にはなにも記載されていない。事件翌日の新聞にも、人が高速で腐敗してミイラ化するという不可思議な事件であったにも関わらず、具体的な内容をぼかした殺人事件を取り扱う記事のみだった。
――警察が報道管制を敷いているのだろうか?
不可解すぎる事件だから報道管制を敷くという可能性も想像出来たが、そうしたことは事前に朔也に伝えられるべきではないか?
なにか腑に落ちないものを朔也は感じ取っていた。
なぜこんなにも世間がこの事件に注目しないのか?
なにか言いようのない不安感が朔也の心を苛立たせる。
正体のわからない不安によって、朔也の心は安定のない見えない崖に追い詰められている気がした。
いつの間にか目の前に朝食が用意されており、アールグレイの香りが、朔也の苛立った感覚をなだめようとしていた。
「朔也様、本日のご予定はいかがなさいますか?」
「ああ……今日は確か……」
カレンダーには、警察の検死報告が午後からあると書き込まれていた。
* * *
旧市街地を抜けると、学園都市としてさらなる大規模な発展を遂げようとする新市街に入る。
その境目には、大切に祀られているらしき
この旧市街を造った昔の人たちは、よほど悪霊や災厄、病害に神経質だったのか、それとも信心深かったのか? かつての
人に
仙台地域の道祖神は男性器を象ったものが多いが、緋坂市に置かれているものは、珍しく
双体像道祖神とは、仲睦まじい男女二人――一説には、イザナギ、イザナミの像を使った道祖神で、これは緋坂市が古代に他地域から入植した人たちによって造り出された集落が発展した町の証拠になるのかもしれない。
そんなことを考えながら、朔也は道祖神の脇を通り抜けて新市街へと足を踏み入れた。
新市街に新設されたばかりの市警察署に来た朔也を、受付の女性警官は会議室のような一室に丁重に案内した。叔父の遺体を前にして話すわけではないということが分かり、ほんの少しだけ安心できた。
数分後、佐久間刑事が姿を見せると、その安心感はすぐさま警戒心に取って代わった。
「そんな風に、露骨に嫌そうな顔はしないで欲しいですな」
「そんな顔をしてますか?」
「ええ。この事件の担当が私なものですから、我慢して頂きたいですな」
そう一言断ってから、佐久間は事務的に検死資料を読み上げた。
拓朗の死因は出血によるショック死であること。
出血箇所と思われる場所は背中に
奇妙な点はその噛み傷であり、その傷を作った牙は360度あらゆる方向から生えているとしか思えないものだったという。
また、あんなにも早く身体の腐敗が始まったのかは不明なままだった。
さらにこの書類を作っていた段階で、死体は“
「融解?」
読み上げられた内容に頭を抱えながら、人間に用いられるには理解しがたい表現について朔也は聞き返していた。
「文字通り、肉体のほとんどが溶けてしまいまして、骨と液体になったとのことです」
朔也を値踏みするような嫌な視線を向けながら、佐久間は言葉を続けた。
「なにか、特殊な毒物とかでもあるのですかな?」
「肉体が腐乱して行くという毒物ですか?」
「そうですな。証拠を隠すために特殊な薬品が使われたというのなら、こういう状況も考えられなくもないでしょう」
バカバカしい。
そう思いながらも、朔也はそれを口にしようとは思わなかった。こんな大人が他人の話や言い分を聞こうともしないことは、どこでも見られることだ。
「特殊な薬品を使ったという以外に、他に考えられますかな?」
「死体が腐敗し、腐乱して行くというような薬があるって本気で思っているんですか?」
「ない……とは言い切れないでしょうな。インターネットの世界は広いですからな」
「ネットの闇から僕が拾い出してきたと?」
「誰も貴方がそんな危険な薬品を探し出したとは言っていませんよ。淡島さん」
明らかに朔也を疑っている眼差しを向けながらも、平然と佐久間はそんなことを口にする。
「まあ可能性としては非常に薄いのですが……」
「なんです?」
「特殊なウイルスに感染させられた可能性もありますな」
「ウイルス?」
確かにあの異様な腐敗具合から考えると、死因などの特定を誤魔化すために、なんらかの微生物に感染させて死体を腐敗させるという方法もあるかもしれない。
だが、果してそんな都合のいい微生物が現実にいるのかどうか、朔也は懐疑的だった。
「そうそう。新種のウイルスだった場合を考えて、全ての検疫が終わるまで、叔父上の遺体はお返し出来ないことになりましてな。ご了承ください」
「なんですって?」
葬儀後すぐに警察に回収された拓朗の遺体。
肉親の遺体を物珍しげにいじくり回されることに対して、当たり前のことだが、朔也はいい気分ではなかった。事件性のある遺体であるため司法解剖は仕方ないが、この佐久間の言い草からは、拓朗の遺体が人質に取られているかのように朔也は感じて仕方がない。
「すでに、検死は済んだんじゃないんですか?」
「検死は済みましたな。しかし、検疫は済んでないのですよ」
「検疫って……」
「文字通り、これがウイルス性のものであるかどうかの検査ですな。伝染病だった場合のことを考えて頂きたい」
佐久間の言っていることは、確かにもっともなことだった。
そんなことは朔也にも分かっている。
しかし、この癇に障るような言い方はなんなのか?
もう少し、当たり障りのない言い方をしてもよかろうにと朔也は思うのだが、当の佐久間はまったく気にした様子がない。
「叔父上の遺体から新種のウイルスが繁殖し、それが緋坂市に蔓延するということだけは避けなければなりませんからな」
「それは……分かりますが……」
「ご理解して頂きたいですな」
ため息しか出てこないやり取りに朔也はうんざりしながら、それでも聞かなければいけないことを思い出して口を開いた。
「叔父さんは、どこで殺されていたんです?」
「新緋坂駅前郵便局の裏手にある細い通りですな」
「新緋坂駅前郵便局?」
「新市街と旧市街の境にある新市街側の郵便局ですな」
朔也は郵便局に行ったまま亡くなったと聞いていたので、てっきり、歩いて4、5分の距離にある旧市街の郵便局かと思っていた。
なぜそんな場所に行ったのか?
買い物のついででもあったのだろうか?
わざわざ、新市街の郵便局に赴き、その裏手の通りで殺害された。
「その通りって、人通りは少ないんですか?」
「まあ、細い通りですから決して通行人は多くはないですな」
「ゼロじゃないんですね。でも、目撃者はいないんですか?」
拓朗が発見されたのは死体になってからであり、その殺害の瞬間の目撃者は皆無だった。
「誰もいないですな。どんな通りでもそうなのですが、空白の瞬間というのはありえるものです。犯人は、そうした瞬間をつかんで殺害に及んだのでしょうな」
捜査については素人の朔也もあきれかえるほどの発言だった。
佐久間になにか意図することがあって、こんな無茶苦茶なことを言っているのか本気なのか判別はつかないが、朔也には警察は無能ですと言っているようにしか感じられない。
「叔父さんの死体の発見者は、通行人ですか?」
「そうなりますかな。道端に人が血塗れで倒れていると携帯電話からの通報でした」
「昼間ですか?」
「ええ。そういえば、死亡推定時刻はお伝えしておりませんでしたかな?」
「たぶん……」
「13時前後ということです」
それ以上聞いてもなんら得るものはなく、朔也は警察署を後にした。
検死報告を聞いて得たことは、佐久間刑事が相変わらず朔也を疑っていること。そして拓朗の死因は普通では考えられるものではないということだけだ。
警察は当たり前だが現実的な死因を模索したいらしく、薬物による殺害という路線を切り崩していないらしい。
――いったいどんな薬物があるって言うんだ?
なにかを飲ませた痕跡は無かったという。
だとすると、その薬物とやらを拓朗は全身にかけられたことになるのだろう。人の全身に振りかける薬物の量となると、どれくらいになると佐久間は思っているのだろうか?
灯油を入れておくのによく使われるポリタンク1個分くらいの量は、最低でも必要だろう。そんな物をこの初夏の時期に持ち歩いてる人がいれば、確実に目撃されているはずだ。
そもそも、拓朗の背中に残されていたという、謎のかみ傷のことはどうだったのか? 背中の傷は、朔也が仕掛けたなんらかのトリックとでも思っているのだろうか?
苛立たしげに時計を見た朔也は、時刻がもうすぐ13時になることを確認し、佐久間に教えられた、拓朗が亡くなった場所に向かった。
新緋坂駅前郵便局から拓朗はどこかに郵便を送っていた。
送った郵便物はなにか? そして、送り先はどこだったのか?
それらがつかめれば、事件の鍵になるかもしれない。
――だけど、自分がその事件の鍵をつかんだとしても、いったいどうなる?
最初は身の潔白を証明したいがためだったかもしれない。あるいは、心のどこかに叔父の仇を取りたいという望みがあったのかもしれない。しかし、実際のところどうなのか?
朔也は道行く人の流れの中で立ち止まり、空を見上げた。
謎めいた叔父の死。
朔也の中にある好奇心が、『謎の死』というキーワードで不謹慎にも頭をもたげている。好事家であった拓朗なら、その朔也の気持ちを理解してくれるだろう。
そしてもうひとつ。言いようの無い不安が朔也を駆り立てる。
両親の事故死に始まり、叔父である拓朗の変死。次は自分にその死神の鎌が振り下ろされるのではないかという不安が、朔也の心に絡みついていた。
事故死ならまだいい。しかし拓朗のような死に方をするのは、正直なところ遠慮したい。
そんなことを考えながら郵便局の前を通り過ぎ、拓朗の遺体が見つかった路地に繋がる交差点で朔也は立ち止まった。
郵便局の目と鼻の先。路地と言ってもクルマ1台通れる幅があり、人通りは朔也の予想を遙かに上回っていた。とても佐久間が口にした空白の瞬間があるようには思えない。
殺害現場は距離的に、郵便局から1分も離れていなかった。
こんな場所で白昼堂々殺人が起きて、目撃者がいないということはありえるのだろうか?
すでに『立ち入り禁止』のビニールテープは撤去されていたが、拓朗の遺体があったと思われる場所には、どす黒く固まった血の痕跡がわずかに残されており、注意深く見ると、チョークラインによる人形の象り跡が残されている。
それを見た時、朔也は泣きそうになったが慌てて頭を振り、その思いを振り払った。
泣いた所で解決はない。
血の痕跡が残る場所に朔也は屈み込んで、もっと詳しく見ようとした。だが、専門的な知識があるわけもない朔也に、警察が取りこぼしていそうなことなど分かるわけがない。
それでも朔也はなにかを求め探した。
拓朗の死因は、出血によるショック死だった。
雨が降り、さらに日数がそれなり過ぎているが、ここに残された痕跡から想像するに、出血死するほどの量であるようには到底思えない。
あるいは、どこか他の場所で殺されてここに捨てられた可能性はないか?
拓朗が倒れていた場所は道の端であり、雨が降れば路上に溜った雨水が集まって流れる様に低くなっている場所である。
その側に車を停め、その車で通行人の視野を塞いでいる間に死体を路上に捨て、通行人がいなくなるのを見計らって逃走するということは不可能だろうか?
なんと言っても、そのやり方なら人間の手で実行可能だ。
その時、さあっと生暖かい風が通りを吹き抜けた。
生臭い
再び拓朗が倒れていた場所に朔也が視線を戻そうとしたその時、なにか
――なにかいる!?
――なんだ……? なにがいる……?
朔也は焦りながらも周囲の様子をうかがう。
気がつくと周囲に人の姿も無くなり、街の
朔也は目をこすってみたが、一向にピントは戻らない。
その時、鼓膜をくすぐる様な微かな音を朔也の耳が捕らえた。
空気が揺れる音――
――女の……声……?
笑い声だ。
どこかで女の笑い声がしている……。
クスクスという、朔也を
だが、どこから朔也を見て
「ふふふふふふふふふ……」
その嘲笑はゆっくりと、しかし確実に朔也に近づいてきていた。だが、一向にその姿は見えない。
見通しのいい一本道であり、忍び笑いが聞こえる範囲には隠れる場所はゴミ箱すらない。
耳に全神経を集中する。すると聴覚は、ペシャリ……ペシャリという
それはアスファルトの上を、ゆっくりとした歩調で歩いて近づいてくる。だが、姿はどこにも見えない。
近づいてくるように感じるソレからは、蛇が
――これは……。
姿の見えない未確認生物が近づいているのか?
あるいは心霊現象なのか?
どちらであったとしても、平素ならばかばかしいと一笑して終わりにしてしまえるものだが、聴覚や嗅覚が訴えかけてくる異様な状況はそれをできなくさせていた。まして朔也は未確認生物も心霊現象も一笑にしない考えの持ち主だった。
威嚇する気配と同時に、その周辺から
そんな意識を失わせる
「人を嘲るのも、いい加減にしろ!」
そう叫び、それが心霊現象であることを祈りながら朔也は奥歯を鳴らした。それは道術にある
生前の拓朗から、朔也が学んだもののひとつだった。
カツーン! という澄んだ歯音が鳴り響いた瞬間、その嘲笑はたじろいだように感じた。だが、笑いを止める様子はない。
もう一度、さらにもう一度と、朔也は奥歯を打ち鳴らした。
――ならば。
朔也は、ダメ押しとばかりに打ち鳴す歯を左の奥歯に切り替えた。
それは叩歯法の中でも、特に
カツーン!
その歯音が打ち鳴らされた瞬間、忍び笑いと禍々しい気配は消え去り、唐突に街の喧噪と周囲のピントが戻ってきた。
「うわ」
静寂の世界から唐突に騒音の世界へと引き戻され、朔也は思わず手で耳を押さえた。
しかし、いったい今の現象はなんだったのか。そして、忍び笑いの主はいったい誰なのか……?
朔也に突きつけてきた禍々しい雰囲気。明らかに、あれは朔也に害意を抱いていた。
問題は、朔也に向けられたその害意が、この場所にきたことによって発生したものなのか、それとも明らかに朔也を狙って放たれたものなのかということだ。
拓朗を殺した相手があの忍び笑いの主であり、その主が朔也まで狙っているのだとするなら、その理由はなにか?
どう考えても朔也はその理由が分からない。
叩歯法で去ったということは、あれは幽霊なり妖怪といった類いの妖魔ということになる。
そんな
――
朔也が思いつける拓朗と自分との共通点はそれしか思い浮かばなかった。だが、拓朗に比べれば朔也が知っていることなどタカが知れているし、それなら朔也を狙うよりも、宗良和尚を狙った方が余程効果がある。
オカルト和尚と陰口を叩かれているとは言え、その能力は霊験あらたかなものであると、生前の拓朗に朔也は教えられていた。
つまり、宗良和尚と朔也の違い。
それを調べることで、拓朗を狙った相手が朔也を狙ったのかどうかが分かるかもしれない。
そう見当をつけて朔也が踵を返した時、
「見つけた」
という女性の声が道に響いた。
「…ッ!?」
そこにいたのは、高校生くらいの自分と同じ年頃の女の子だった。肩甲骨の辺りまで伸ばした髪と大きめの瞳。美少女と言ってもいい子だったが、朔也はまったく面識がなかった。
少なくとも、朔也には会った記憶がない。
「な…に?」
朔也が怪訝そうに眉根を寄せながら問いかけると、まるで感情の塊をぶつけるような必死の声が返ってきた。
「お願い。私を救い出すのを手伝って!」
「はぁ?」
「私を助けて!」
「ちょ、ちょっと待って。君を救い出すってなんだよ? 誰かに追われているの?」
追われているにしては、追手の姿が見えて来なかった。
それ以前に、その時はじめて朔也は彼女が透けて見えることに気づいた。
「キミは……」
「私は白石千里。貴方の持つ
「名前を聞いたわけじゃない。それに、神殺しって……なんだ……よ?」
一瞬の出来事だった。
ほんの瞬きをした一瞬の間に、千里と名乗った少女の姿は消えてしまった。
「って……おい」
見通しのいい通りであり、そこに瞬時に隠れる場所などない。それどころか、走り去って行く足音すら聞こえない。
「本気で……幽霊?」
さっきの謎の忍び笑いの主といい、今の白石千里と名乗った少女といい考えられるものはひとつだということだろう。
――幽霊……か?
霊魂とかを否定してはいない朔也だが、それでも実際に遭遇すれば薄気味悪さは残る。
白石千里と名乗った幽霊らしき者が立っていた場所を調べるべきだろうか? そう首を捻った時、
「朔也様!」
かけられた声の方を振り返ると、濃紺のメイド服をまとい、同色の日傘を持っている完璧なメイド姿の麟がいた。
「ご無事ですね」
「どういうこと?」
――なぜ、ご無事……と?
なぜ、このメイドは朔也が危機的な状況に置かれたことが分かったのか?
――麟は信用できるのか?
そんな思いが朔也の脳裏を過る。
もしかしたら、麟も拓朗殺しになんらかの形で関わっているのではないだろうか? そして、朔也を狙う可能性を考えて、拓朗を殺害した後も淡島家に残されたのではないだろうか?
身元も分からず、淡島家のメイドとして仕えるまでの記憶を持っていないという女性。
果たして麟は信用できるのか?
――信じられるのは自分一人なのか?
そうした猜疑心が沸き起こり、慌てて朔也は頭を振った。自分にはまだ薬師寺の宗良和尚がおり、その息子である宗高は自分を弟のようにかわいがってくれているではないか、と――
「朔也様?」
「いや、どうして僕にご無事と?」
「なぜか、朔也様が出ていかれてから胸騒ぎを覚えて、お探ししておりました」
「そう……」
胸騒ぎ……。
虫の知らせ……。
いずれも否定はできない予知の言葉だった。
「今日は……なんとか無事だったよ」
そう言って辺りを見回した朔也は、拓朗の遺体が発された路肩で、光りを反射するなにかを見つけ、そこに歩み寄って屈んだ。
「どうかなさいましたか?」
「なんだろ……」
そこにあったのは、ゲル状の透明な物体。ゼリーほど固くなく、水飴ほど柔らかくはないもの。中に気泡がいくつか見られた。
近くにあった小石で突っついてみると、粘性のものであり、ドロリとしたスライムを思わす粘りを見せた。
水気も飛んでおらず、なんとなくまだ新しい感じはした。
先ほどまで、これはここにあっただろうか?
拓朗の遺体の痕跡を残す場所から、わずか数十センチくらいしか離れていない。厳密に測ったとしても、20センチは切るだろう。
そんな距離にこんなものがあって、気がつかないことなどあるだろうか? いや気づかないはずがない。
朔也は持っていたバッグの中を探った。
――ロクなものが入っていない。
仕方なく、朔也はバッグの中にあった小さいペットボトルのお茶を捨て、そこにその粘性の物体をすくい入れた。
朔也は、その物体のなにかが気になって仕方なかった。自分で調べられるわけもないが、持っていれば誰かに調べてもらうことはできる。
ペットボトルをコンビニの袋に入れ、それをバッグにしまってから、朔也は顔を上げて麟を見た。
異質な物をペットボトルに詰めて持ち帰ろうとしているにも関わらず、麟は朔也を止めようともしない。ただ、朔也のすることを表情のつかめない顔をして見ているだけだった。