あまり通話しない登録者からの着信を知らせる着信メロディーが鳴り、なにかいやな予感を抱きつつも朔也は携帯を取った。
「もしもし……」
『
「ああ、お寺の……。えと、今引っ越しの荷物を叔父さんの所に送り出したところですので、今晩中には僕もそっちに……」
『いや、その。落ち着いて聞いてくれ』
切羽詰まった様子の声で言葉を制した宗良和尚の言葉に、朔也はただならぬものを感じて和尚の話を待った。
『
「な……」
叔父である拓朗が死んだ。
その連絡を朔也が受けたのは、叔父の家に向かう引っ越しのトラックを送り出した後のことだった。
両親を亡くした朔也を引き取るというか、一緒に暮らさないかと誘ったのは、東北に住む母の弟の拓朗だった。
その叔父が死んだ。
そう聞いて朔也は目の前が真っ暗になったような気がした。
朔也はつい数日前に、両親の葬儀を終えたばかり……。
であるにも関わらず、また、喪主として葬儀をしなければならないと言うのかという思いと、ついに自分は天涯孤独になったという思いが朔也の中で交差した。
朔也と一回りちょっとの年の差しかなかった叔父とは、叔父甥という関係よりも、兄弟のような関係に近かった。夏休み等の長期休暇毎に叔父の家を訪ね、彼から様々な不思議な話を聞き、民俗学や隠秘学と言った知識を植え付けられた。
朔也がそうした民俗学方面の大学に行きたいと志したのも、そんな叔父の影響が過分にあった。
『もしもし、聞いているかね?』
「え? あ……はい」
『気を落とさないで、しっかりな』
「ええ……大丈夫です」
そう答えたものの、朔也の言葉はどこか宙を浮いている地に足の着いていない印象を与える言葉だった。
「あの……叔父さんはなんで……」
『それは……』
宗良和尚はなぜか言葉を詰まらせた。
『いささか……変わった亡くなり方でな。電話で説明するのもなんなのでこちらにきてから説明させてもらえんかな。私も、それまでには説明出来るように、気持ちを整えておくのでな』
「はい……」
『とりあえずこっちにきたら、まず寺にきなさい。わかったね』
「はい……」
返事をして電話を切った朔也は、深いため息をついて空を見上げた。
別に
ただそれだけの話だ。
――偶然?
葬式は続く時は続くものだという話を聞いたことがある。しかし、何も朔也の親族周りで続かなくてもいいじゃないか。そう内心で愚痴りつつ、朔也はリュックを背負い、手荷物として残した紙袋を持って駅に向かう道を歩き出した。
「ん……」
和尚が叔父の死を自分に報告してきた時、なんと言ったか気になり、朔也は立ち止まった。
叔父は変わった亡くなり方をした……と、和尚は言わなかっただろうか?
変わった亡くなり方。つまり、変死ということになる。
事故死や他殺など、普通ではない死に方をした場合をさすのだが……。
「まさか……」
嫌な予感を感じつつ、朔也は住み慣れた立川の町を後にした。
* * *
初夏にしては重い雨だ。
雨のせいもあるかもしれない……。
しかし、故人となった淡島拓朗はそれほど人付き合いがいい人物ではなく、ご近所の人々と、オカルティストとしての彼の実績を認めるごくわずかな人たちが訪れただけの淋しい葬儀だった。
朔也の引っ越し先である叔父の家は、仙台市の東北部の沿岸地域にあり、1980年代に仙台市のベッドタウン計画で人口が急増した
引っ越し早々、
もう一人、和尚と同様に飛び回って働いていたのは、拓朗の生前から、淡島家の家事全般を取り仕切っていたらしいメイドの
拓朗の趣味なのか、英国や秋葉原にでもいそうな正統派なロングスカートのメイド衣装に身を包んだショートカットの20歳前後の女性。それが麟であり、1年前に拓朗の元に朔也が訪ねた時には、その姿を見ることがなかったから、おそらくはその後に雇ったのだろう。
仕事をすることで、拓朗の死を紛らわしているかのような姿を見て、朔也は勝手に彼女は拓朗の恋人だったのではないかと考えていた。
――叔父さんに、メイド趣味があったなんて……。
朔也はそう考え、うつむいて苦笑した。
オカルト趣味で有名だからこの地域で変人扱いをされていたのだと考えていたが、実は拓朗のメイド趣味なども含めての変人扱いだったのではないか? 都内でならともかく、地方都市で英国のヴィクトリア朝時代を思わす様相のメイドを個人で雇っていたら、
拓朗の意外な面を本人の葬儀で知ることになるとは、朔也も思ってもみないことだった。
何もすることなく、読経の声に耳を傾けて故人を偲ぶ。
喪主のすることなど、そんなものしかないのだろう。しかし、偲ぶにしても限界があった。
だが、涙ぐむ思い出だけで送り出すよりも、そんな軽口っぽい
そう思いながら朔也が拓朗の眠る
両親の葬儀の際にも似た様な雰囲気を漂わせた奴が顔を出したことを、朔也は憶えていた。
刑事だ。
彼は焼香を済ませると、まっすぐ朔也の前にやってきた。
「このたびは御愁傷様でした」
朔也は何も言わず、ただ頭を下げた。
「ああ、私は県警から派遣されました、
ここではなんだからという目配せに朔也は頷き、先に立って葬儀の間から廊下に出た。
薄暗い廊下は、葬儀場以上に雨音が強く響いていた。
「貴方の叔父上の拓朗氏の交友関係について、なにか変わったこととかご存知じゃないですかね」
廊下に出るなり佐久間は値踏みする様な目を朔也に向け、ゆっくりとした口調で話を切り出した。
「すみません。僕は両親が亡くなったので叔父に引き取られることになっていました。ですので、ここ数日のことしかこちらのことは知りません」
「そうですか……。では、ここ数日の範囲で構いませんが、拓朗氏を訪ねてどなたかいらしてませんでしたかね?」
わざとなのか、反発心を抱かせる言い方をする刑事だった。
知らないと言っているのに、なぜここまでしつこく聞くのか? そんな苛立たしさが朔也の中で沸き返った。
そんな朔也の怪訝そうな表情を読み取ったのか、佐久間は苦笑した。
「ああ、申し訳ないのですが、貴方も事件の重要参考人として、いや、率直に言うなら、容疑者候補の一人――最有力候補として疑わせて頂いております」
あまりの言い草に朔也の顔が険しくなった。
「なぜです?」
「拓朗氏の遺産ですよ。莫大な物になりますし、貴方の御両親も同じく亡くなられてる」
人の表情を盗み見るような佐久間の目で、彼がなにを言おうとしているのか朔也には理解できた。
「僕が殺した……と?」
佐久間はニッと口だけ笑ってみせたが、それは明らかに肯定の意志が含まれていた。
「疑うのが仕事なんで申し訳ありません。陰に隠れてコソコソされるよりかはいいでしょう」
「不快なのは同じですよ」
「そうですな。しかし、御両親も亡くなり、また叔父上もお亡くなりになった。そして貴方の手元には、死ぬまで遊んでも使い切れない額の遺産が転がり込んだ」
「…………」
「怪しまれても当然でしょう。最近の学生は怖いですからな」
ここまで言われて黙っていることは、朔也にはできなかった。
「疑うのも嗅ぎ回るのも、どうぞご自由に」
そう言って踵を返し、朔也はその場を離れようとした。
なぜ、信頼していた叔父を自分が殺さねばならないのか?
なぜ、警察にはいつも遺族に対する気遣いがないのか?
朔也の頭の中に刑事に対する嫌悪感と怒りが渦巻いた。
「叔父上がどうやって亡くなったのか、ご存知ですか?」
「なんですって?」
思わず振り返った朔也に、佐久間は再びニッと口元に冷笑を浮かべて見せた。
「叔父上は、この葬儀の後、墓には入れられずに検死解剖に回される。死体が傷む前に葬儀だけでもという警察の気遣いですな」
確かにそれは、正規の手順とは異なっていた。
検死する必要があるということで、この後、遺体は仙台の大学病院に送られることになっていた。そのために、先に葬儀をしておこうということになったらしい。
しかし……。
「叔父上は変死された。恐らくは他殺ですな。だが、今回の場合は、文字通り
「どういうことです?」
「文字通り〝変な死体〟という意味ですな」
訝しむ朔也に、佐久間は挑発的な笑みを浮かべた。
「どういうことかは、検死解剖後、警察を訪ねることですな。もっとも、貴方が犯人ならご存知でしょうがね。くっくっくっく……」
それだけ言って、佐久間は朔也に背中を向けた。
朔也を疑っていると言った割には、貴重な情報をさらりと流した気がするのは気のせいだろうか?
朔也は嫌悪感と疑念のふたつを抱きながら、立ち去る佐久間の背中を黙って見送った。