勇者様は北東部の丘でしたっけ……
あそこは岩だらけで、あちこちにキノコみたいに生えているので、迷いますよね。
勇者様も迷子になっていなければいいのですが…
迷子になったら、なったで私が助けに行けば……
うふふふふふ……
って、こんなことを考えている場合ではなかったですね。
風の水晶を作らないといけませんでした。
たしか、あそこの本棚にあったと思いますが……
目的の本棚へと足を運んでいく。
上から順に指をさしながら、確認をしていった。
あっ、あったあった。
確かこの本だったと思います。
本を開いて1ページ1ページさっと見ていきます。
ここじゃない、ここじゃない、どこでしたっけ……
数十ページ進んだところで、手が止まる。
ここでしたか。
どれどれ……
それで結晶を作り、風の呪文である『ゲイル』を閉じ込めて作るっと。
玻璃はたしか家にあったような気がします。
風知草は無かったかな~。
「カルム!
カルムはいますか?」
カルムは私がいろいろとお仕事をお願いしているこの村一番の強者です。
勇者様ほどではないですが、何か起きた時には頼りになる者です。
遠くに行くときには身辺の護衛もお願いしています。
「はっ。
私奴はここにおります」
いつもでも私が呼ぶとすぐにカルムは来てくれます。
本当に助かります。
「いつも早いわね。
風の水晶を作るために、風知草の根が必要なの。
取ってきて欲しいなと思って」
カルムに今回の用件をお願いします。
いつも頼ってばかりで申し訳ないけど……
「はっ。
早速、取りにいってまいります」
相変わらず行動が早いですね~。
あっと言う間に目の前からいなくなりました。
カルムだから何も心配せず任せられるわ。
すぐにでも戻ってくるでしょう。
私は風の水晶を作るための準備をしましょう。
部屋に戻って、調合のための準備を進めます。
これと、これと、これと……
道具などもすべて準備できましたわ。
あとはカルムが戻ってくるのを待つばかりです。
しばらくするとドアをノックする音が聞こえてきました。
「コンコンコン」
「はーい」
入口に向かって歩いていきます。
「カルム、やっぱり仕事は早いわね」
扉を開けながら話しかけます。
ただ開けてビックリ。
勇者様がそこにいらっしゃるではないですか。
「アウラさん……
すみません、カルムという方ではなくて……」
申し訳なさそうに勇者様がお答えになっています。
「あら、私としたことが……
申し訳ございませんね。
風の水晶を作るために知り合いに材料を頼んでいたものですから……」
まったくもって恥ずかしい限りです。
またまた勇者様の前で失態をおかしてしまいましたわ。
「なぁ、横にいるボクは無視かい」
と聞き覚えのある声がしました。
その声は……
「フォルトナ!
どうしたの勇者様と一緒で」
声の主は私の一人娘のフォルトナでした。
「どうしたもこうしたも無いさ。
魔物が出るって言うからさ。
祠の見回りをしていたところ、サーペントに咬まれちゃって。
そこをこのアグリが助けてくれたんだ」
フォルトナはまくし立てながら、事情を話してくれました。
そうでしたか。
勇者様はさすがです。
「勇者様、フォルトナを助けていただきありがとうございます」
勇者様に頭を下げ、お礼をいいます。
「まぁ、その前にヒュドラを倒したのはワシじゃがな」
相変わらずおつきの女性は粗暴な態度で話に入ってきます。
また手にはヒュドラの目を持って見せてきます。
その様なものを見せられると勇者様を直視出来ないではないですか。
「むっ……村の窮地も助けていただいているなかで、さらに娘まで助けていただき……」
と話したところで、勇者様とおつきの女性がビックリした顔でこちらを見てきます。
「えーーーーっ!
むっ……むっ……娘!」
お二人とも同時に声を上げましたわ。
「あっ、はい。
フォルトナは私の娘です」
フォルトナは何も言っていなかったのでしょうか……
「あれ?
ボク、伝えていなかったっけ?
ボクの母さんはこの村の長のアウラだよ」
やっぱりうまく伝わっていなかったようです。
「今、初めて聞いた」
「ワシも初めて聞いたのじゃ。
道中、何も話してなかったぞ」
勇者様とおつきの女性が目を丸くしています。
「ゴメンね
ボクの事いろいろと話したつもりだったけど、肝心なこと話してなかったね」
フォルトナは勇者様に謝罪しています。
これは何か粗相をしたのでしょうか。
問題を起こしたのであれば、親として謝らないといけません。
「何か娘が粗相をしたのであれば、申し訳ございません」
改めて頭を下げます。
「いやいや。
村の事や祠の事をいろいろと話してくれて助かっています」
勇者様から寛大なお言葉をいただきました。
「なら、いいのですが……」
フォルトナの方を横目でちらっと見ます。
それに気づいたフォルトナは
「ボクは何もしてないよ。
母さんこそひどいよ。
祠の管理、ボクに任せっきりでさ」
はて……
祠って管理していましたっけ……
「あら、そんなことあなたにお願いしていたかしら?」
いろいろと頭の隅々まで記憶をたどりましたが、残念ながら覚えていないですね……
「ほら、もう忘れてる!
18年ぐらい前に、ボクに言ったじゃん!」
フォルトナは膨れた顔をして私に怒ってきます。
「そうだったかしら……」
う~ん。
思い出せませんねー。
「もう、忘れっぽいんだから、母さんは」
半ばフォルトナは呆れていますね。
これだけ長く生きているといろいろと忘れることも多くて……
「ごめんなさいね。
思い出せないけど、あなたが言うならそうなのかもしれませんね」
どうも肝心なことを忘れてしまうことがあるのは気をつけないとですね。
今度はノートか何かに書いておきましょうか。
「あの……
俺たちのこと忘れていないでしょうか……」
勇者様が申し訳なさそうに話しかけてきました。
「そっ……そんなことはないですよ。
久しぶりの娘でしたので、ちょっと話が盛り上がっただけですわ」
話を取り繕いますが、おつきの女性の方は気が付いているようです。
「あの会話が盛り上がっていたのかのぅ
ワシから見たら忘れっぽい親とそれを怒っておる小娘にしかみえんのじゃが」
「確かにそうだけど……」
勇者様があきれそうなので、ここは風の水晶の話に戻さないといけません。
せっかく作り方を調べていたのだから。
「んっうん……
そう言えば勇者様、風の水晶の作り方がわかりましたよ。
今、材料を知り合いにお願いしていますので、もうすぐ作ることが出来ると思います」
取り急ぎ状況をお話します。
「ありがとうございます
風の水晶が出来たら、祠へ持っていきます」
相変わらず丁寧にお礼までいっていただける勇者様。
嬉しい限りです。
早く作って勇者様に私のいいところを見せないといけませんわ。
そろそろカルムも戻ってくるはずなのですが……
すると、上からサッと誰かが降りてきました。
「アウラ様
こちらがご所望されていた風知草の根です」
カルムは何気なく私に近づき、風知草の根を手渡してきました。
「あぁ、カルム。
さすがに仕事は早いわね。
ありがとう」
いただいた風知草の根を見ながら、カルムにお礼を伝えました。
「だいぶ前から居りましたが、話が弾んでらっしゃるようでしたので」
あら、そうなの?
もっと早く声をかけてくれればいいのに。
「ごめんなさいね
待たせてしまったようで」
さぁ、これで材料もそろったことだし、風の水晶を作りますか。
勇者様もきっと喜んでくださいますわ。