毎日、村民の頼み事を聞いては、お礼に駄賃を貰ったり物品を貰ったりして暮らした。
時々、太一と海辺を散歩する。この時間が何よりも好きで、とても心が穏やかになれた。
ある日、家に若い女の人が訪れた。随分前に別れた、太一の元奥さんだ。物凄く綺麗な人で、道行く人が思わず振り返るほどだった。
太一の自由さについてゆけず、結婚して僅か1年足らずで離婚したらしい。子供は居ない。さらには、元奥さんは再婚している。
そんな人が、太一に何の用だろうか。
「どうしたんだ
珍しく、太一が怒っているように見えた。
「ちょっと、ね。あなたに会いたくなったの」
「何を勝手な····。上手くいってないのか?」
「······まあね」
「お前それ、もしかして暴力か?」
太一は、袖口から伸びる白い腕に見えた、青紫色の痣を気遣った。
「本当に男運が無いな」
「あなたが言うの? それ」
唯香さんはくすくすと笑った。太一は表情を変えず、縁側から見える海を見つめながら言った。
「悪いけど、俺は助けてあげられないよ。大切にしたいものを見つけたんだ」
唯香さんは哀しそうな顔をして俯いた。
「あの子?」
「うん。俺にはコタがいる。護り育てなくちゃならない。姉さんの宝物だ」
「あの仕事ばかりのお姉さんのねぇ。ふーん、それだけ?」
「だけって····?」
「あなたにとって、あの子は、コタくんはただの子供? そんな風には見えないわよ」
その質問の意図の全てはわからなかったが、盗み聞きをしていた僕の心臓が跳ねた。
太一にとっての僕、僕にとっての太一。改めて考えると、不思議な感覚に陥った。
腹の当たりがぐるぐるして、心臓が早く大きく跳ね回っているようだった。これはなんだろう······。
「コタは······俺の宝物だよ」
「何よそれ。私の事、そんな風に言った事なんてなかったくせに」
「そ、そうだっけ?」
「あーあ。気分転換に来たのに、なんか余計に傷ついちゃったわ」
「え、えっと、ごめんな? でも、もう俺に頼られても、その、困るっていうか····」
「わかってるわよ! もう来ない。私じゃ、あなたの大切なモノにはなれなかったんだもんね」
「そんな言い方····。でもお前、帰るったって······」
「ん? あ〜、これね、DVじゃないわよ。ぶつけただけ。虫も殺せないような人にやられるわけないじゃない。私、強いし」
「まぁ、確かにな」
そうして唯香さんは帰り、二度と訪ねてくる事はなかった。
僕はその後も太一と変わらない日々を過ごした。変わり映えのない毎日。平和で穏やかな日常。
そんな中で、僕は太一に依存していった。