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第5話 この村にいるもの

「何よ……」

 竹箒で玄関先を掃除しているおばさんや、解放感のある店で野菜を並べているおじさんが、興味深そうにこちらを伺っている。見ず知らずの人間がこの村の長ともいえる獏と口論していれば、好奇心がうずくのは当然だ。

 激昂した所為か、恥ずかしいとは感じず、見たいなら見ればという自棄っぱちな気分だった。

 声を掛けてくる人は今の所、いない。私が、獏に無礼な態度を取ったからか、電波なことを叫びまくったからか、理由はまあ、いろいろあると思う。

「何よ!」

 誰に向けてのものかも判然としない言葉を、足元に殴りつける。突然の大声に、働いていた人達が、目を丸くする。注目してくる彼らを尻目に、私は歩き出す。

 沢山のものが混ざりすぎて形容できないけれど、その中で一番主張してくる感情は、悔しさ、のような気がした。比べれば、怒りなんか霞んでしまう。

 どうしてこんなことになっちゃったんだろう。喧嘩するつもりなんかなかったのに。少しばかり、探りを入れようとしただけだ。獏の反応を見て、創さんから聞いた話を改めて吟味しようと思っていたのだ。

 否……そこまでの冷静さはなかったけれど、未だ混乱していたけれど、多分、意図としては間違ってはいない筈だ。それを、簡単に意趣返しされてしまった。

 近いうちに、必ずけちょんけちょんにしてやる。

 私はさっき、獏の嘘を暴く決定的な証拠を手に入れたのだ。


 時は、今日の朝に遡る。

 一夜が明け、私は散歩に出ることにした。村人に会ったら何か話を聞けるのではないかと期待したからだ。

「…………」

 誰も居ない、箱庭のような村の中を無言で歩く。昨日、写楽と歩いたのは商店街のような趣のある界隈で、東京のそれと、道幅の差こそあれ大して変わらない感じだった。だけど、今日歩いた道は全然違っていて、民家のある区域を抜けたら、そこは完全に農業地帯だった。主だった木造の二階家の周囲にはテニスコート一つ分くらいの畑が広がっていて倉庫まであり、お隣さんを気にする必要がなさそうで何となく羨ましい。写楽は陶芸だと言っていたけれど、この村にある畑の面積は結構なもので、やっぱり、名産は野菜なんじゃないだろうか。

 農作業というものは早朝から始めるものなんだと勝手に思っていたが、そういう訳でもないみたいだった。土埃を吸い込んだり、畑脇に立つ霜柱を踏んで感触と音を楽しみながら、どこかに人がいないかと視線を巡らす。

 そんな時、大根の葉っぱの中で動いている人影を見つけ、声を掛けた。

それが、大根をくれた男性、創さんだった。挨拶をしたら彼はすぐに近寄ってきたが、迫る度に、その表情に疑問が濃く現れてくるのが分かった。

「んー?」

 顎髭を掻きながら、私の顔をしげしげと見詰めてくる彼に、早速自己紹介をする。

「私、今度、獏のトコに住むことになった、椿っていうんだけど」

 なるべくフレンドリーに言ってみると、訝しげな顔に渋面を加え、彼はより近くに顔を寄せてきた。「んー?」と再び唸り、そのまま凝視してくる。目が悪いのではなく、どうやら何かを考え込んでいるようだった。

 後退りしたくなるのを堪えつつ、喋る。

「宮景椿。獏の親戚でね、移住してきたんだ」

 これは、用意していた台詞だった。優月さんは、宮景という姓を移住してきた私達が便宜として使っているものだと思っている。だけど、獏は村の人達にそうは説明していないだろう。人造人間云々については、写楽が話さなければ優月さんだって知らなかった。

 多分、親戚で合ってる筈だ。

「ふーん……」

 何とか距離を取ってくれた彼は、まだ考えるように髭を触っていた。

 緊張が走る。出会い頭一発目に嘘つきの称号を冠されたらこの先の村暮らしに支障が出ること請け合いである。違っていたら、まじで致命的だ。

調査する人間としては、好都合なのかもしれないけど。

「そうかあ。俺は、創ってんだ。いや、びっくりしたよ。あんた見たことないし、旦那のこと呼び捨てにする奴なんて、珍しいからよお」

 ……大丈夫だったようだ。

「え、でも、写楽だって普通に呼び捨てにしてたよ。それに……」

 優月さんだって、と言いかけて、彼女は創さんと同様に『旦那』を付けていたなと思い出す。

「そりゃあ、嬢ちゃん達は親戚なんだから。身内に敬語使う方が変じゃねえか? 陶子さんも言わずもがなだ」

「あ、ああ、まあ、そうなんだけどさ」

 私が口篭った先に想像したのか、彼は陶子さんの名前を付け加えた。あの旅館の連中と血の繋がりを感じない自分には、そんな発想をする術もない。私は慌てて、相槌だけを打った。

「獏って、そんなに偉いの?」

 村人達も、ただの旅館主とは認識していないみたいだ。

「おうよ。なにせ旦那は、この村のおさだからなあ」

「へっ?」

 予想外の答えに、私は素っ頓狂な声を上げていた。まさか、そこまでとは思わなかった。化学者を抜かしたとしても、彼らが獏を目上に見ているのは、やはり職業上の事だと考えていたのだ。例えば医者とか、トップだとしてもせいぜい一地区のまとめ役とか。

「俺達の育てた野菜や焼いた皿と、都会の食べ物との取引を仕切っているのも旦那だし、村の収入を取り纏めて俺達に給料を払ってくれるのもやっぱり旦那だ。この村は、あの旅館が無いと回らないんだよ」

「え、じゃあ……もしかして、獏よりも偉い人って……居ないの?」

 まるで、村まるごと一つが会社であるような言い方だ。獏が社長で村人が従業員、というところだろうか。

 恐る恐る訊いてみると、いとも簡単に、創さんは頷いた。

「当たり前だ。役場には陶子さんが居るが、立場的には補佐みたいなもんだしなあ。実際は、彼女の方が旦那の保護者みたいなもんだが」

 豪快に笑う。呆然としている私に、彼は意外そうな表情を向けた。

「なんだ、そんなことも知らないで越してきたのか? ……じゃあ、あのことも聞いてないんだろうなあ……」

 後半は、独り言めいた呟きだった。無意識なんだろうけど、思わせぶりだ。

「何? なに?」

 期待を隠せず、つい爪先立ちを繰り返してしまう。創さんは相変わらず、顔を逸らして自分の世界に入っていた。

「しょうがないっちゃあしょうがないのか……」

 数十秒後、やっと創さんはこちらに目を戻し、やきもきする私に言った。

「あのな、この村には人間がいるんだよ」

「………………?」


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