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第7話 欺瞞の青年は告白する

「わかったのか?」

「だって、違うって言うだけ、そうだねって言ってるようなもんだし。うん、首が伸びる人はいる。人の首は伸びる。それだけ認める」

 どこまでも突っぱねると考えていたのか、意外そうな写楽に私は言った。多分、苦いものを口したような顔をしていると思う。

「逆によくわからんが……」

 困惑している様子の彼は、何のつもりか、もみ消した煙草を摘みあげる。

「……?」

 ゴミ箱にでも捨てるのかと見ていたら、引き出しから鋏を出して焦げた先を切り取り、短くなった所でまたライターで火を点ける。

「……何してんの?」

「最後まで吸わないともったいないだろ」

「貧乏くさっ!」

 しれっと答えられ、思ったことがそのまま口から出た。吸殻を再利用するやつなんて、初めて見た。けれど、写楽は恥じ入るどころか呆れた顔をしている。

「そうは言ってもな、大事にしないと次に煙草が届くまで保たないんだよ」

「ああ、そういう……」

 外との取引は、そんなにしょっちゅう行われているものでもないのだろうか。

「煙草、止めればいいのに」

「人造人間にニコチンの害とかあるのか?」

 冗談めいた言い方だが、どこか投げやりにも聞こえる。

 ふと思う。ここが楽しいから全ての非現実を『受け入れる』というのと、それを『良しとする』ことは違うのではないだろうか。

 人造人間であることを認めても、そこに忌避感は残るのではないだろうか。

「知らないわよ。獏に訊けば?」

 私はわざと、ぷうと頬を膨らませてカウンターに顎を乗せる。椅子に座ると床に着かない脚を、ぶらぶらさせて考える。

 店内には、ピアノの他に別の楽器が混じったクラシックが流れていた。それが誰の曲なのかは当然のようにわからない。この作者にも波乱万丈な人生があって、その上で色々考えて、それを反映させて曲を造っているのだろう。

 何も無い私には、こんなもの造れない。

 先延ばしにする事が、本当に正しいことなのだろうか。人造人間というのが真実なら、ただ恐ろしいだけだ。

 だけど、優月さんの予測が的を射ていて、私が記憶喪失なのだとしたら。

 やっぱり、私はそれを取り戻したい。

 それはきっと、私という人間を構成する、大事な一部なのだから。

「ねえ」

「んー?」

「私は、自分にも歴史ってやつがあるなら、知っときたいと思うよ」

 写楽は三秒程の間を空けて、「そうか」とだけ答えた。煙草はとっくに燃え尽きている。煙とカレーの匂いが混じり合う空間で、私は言った。

「あんたは、この村に来てから、そういうことも考えたんだよね。勿論。でも、全てを保留にして逃げるのが最善だって考えた。どうして?」

「…………」

 カウンターの向こうの彼は、何も答えない。ただ背を向け、コーヒーサーバーに残った漆黒の液体をカップに注ぐ。

「家族や友達との楽しい思い出が私にも在るなら、家に帰りたいし、楽しいこと忘れるなんて悔しいよ。ここで暮らすのも良いと思うけど、それは、一番の選択なのかな?」

 こちらを向いた写楽は、コーヒーを一口飲んでから唸るような声を出した。

「優月から何か聞いたのか」

 頷くと、彼は溜息を吐いた。休憩用の背の高い椅子に腰かけて足を組む。


「俺が人造人間じゃなくて単なる記憶喪失だって話だろ」

「知ってたんだ」

 面白くなさそうな顔で、写楽は肯定した。

「ああ。……勿論、その可能性だって考えた。だけど、俺にとっては俺が人造人間である方が都合が良いんだ」

「何で……? 意味わかんない」

 彼の表情は、さっきとは打って変わって真剣だった。まるで、何かの禁忌に触れる前のようだ。

「……俺は、自分の記憶が良いものだとは信じられないから。むしろ、忌まわしいものである可能性の方が高いと思ってる。お前が来たことで、その考えは更に強まった」

「私が来たことで……? 何で?」

「何で何でって、言葉を覚えたオウムか」

 顔を顰めて、写楽は暫くコーヒーをちびちびと飲んでいた。カップを置き、もう一杯飲むか、と言ってカウンターに回りこむと、コーヒー粉の缶を手に背を向ける。 

「お前は」

 フィルターに粉を入れる、ざらざらという音が耳に届く。

「俺達が記憶喪失者だと仮定したとして、一体どこで、そうなったと思う?」

 訊かれて考える。私が目覚めたのは旅館だという屋敷の中。目の前にはろくろっくびと獏が座っていて、二人が誰なのかわからなかった。でも、布団の持ち主と、寝る前に顔を合わせていないというのも不自然な話だ。

 ということは――

「もしかして、眠った後?」

 思いついたままを口にする。

「そうだ」

 硬い口調で、写楽は肯定してきた。だが、それの何処が問題なのだろうか。さっぱり見当がつかず、後に続くであろう説明を待っていると、彼は準備を終えた機械に背を向けて、真摯な表情で私を見詰めた。

「……?」

「…………」

 話を続けずに黙ってしまった彼は、私が自分で答えを出すのを待っているようだった。けれど、わからない。眠る前までは記憶を失っていなかった。それが何を示しているというのだろうか。

「……えっと……?」

「わかんねぇか? つまり……」

 写楽は数秒迷うようにしてから、口を開く。

「俺達は、人為的に記憶喪失にされたってことだ」

 一言ずつを噛み締めるように告げた彼は、目を逸らすことなく私を見ていた。そこから伝わってくるのは、負でも正でもない、静かなだけの、無風の中の湖を見ているような、そんな感情だった。

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