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あやかし旅館~Memory not to need~
さわき一海
現実世界現代ドラマ
2024年07月24日
公開日
22,016文字
連載中
【第3回NSP賞応募作品】
【第12回集英社ライトノベル新人賞IP小説部門#2 一次選考通過作品】を大幅改稿中。

目が覚めて、私が見たのは知らない天井だった。
そこはあやかし旅館。ろくろっくびが女将をしている旅館だった。

あやかしと言っても、旅館にいるのはこのろくろっくびだけ。

旅館のある村全体を見ても、妖怪はろくろっくびだけ。
ろくろっくび旅館に改名すればいいんじゃないだろうか。

旅館に住むのは、医者のような格好をした自称化学者と、人造人間かもしれない料理人。

私も人造人間かもしれないんだそうだ。
そんなこと、絶対に認めないけど。

この旅館には、そしてあの自称化学者にはきっと秘密がある。
――私はそれを、暴き出す。

序章

 闇の中に、赤みがかった三日月が浮かんでいる。

 どこか不気味で、魅惑的で幻想的で、そしてせつない。

 月は、何者にも邪魔される事無く、星々を家来のように引き連れてその存在を主張していた。

(こんな空、初めて見た……)

 空だけではない。土も、空気も、澪が知るものとは違っていた。混じり気の無い自然が凍てついた空気によって更に浄化され――まさに、美しいとしか言いようのない光景である。

 運転手と二人きりのバスの中、彼女は後ろから三列目の座席に座り、ひたすら外を見つめていた。

(もっと早くに、出会いたかった)

 小さく息を吐き、目を落とす。その視線は、自身の右手の甲へと注がれていた。親指の付け根から真一文字に走った傷跡。決して消えないそれは、彼女にとって罪の証であり、最大の荷物でもあった。

 だがそれも、今日で終わる。

 約三十分の間、一度も止まらなかったバスが、緩やかに速度を落としていく。再び外を見ると、『宮景村』と刻まれた石碑が、丁度目の前を流れていくところだった。程なく、全身に感じていた振動が消え、運転手が無言の圧力で降車を促してくる。

「ありがとうございました」

 本来持ちつ持たれつの関係である彼に礼を言うのも妙な気がする、と少し皮肉気に考えながら、とりあえず彼女はステップを降りた。途端に、バスは左後方の脇道まで後退し、Uターンをして去っていく。

 土煙が舞う背後には目もくれず、早速、唯一の荷物であるポシェットから地図を取り出し、目的地である旅館の場所を確認する。パソコン独特のゴシック体で書かれた説明文が、歩いて一時間と告げていた。

 準備万端に運動靴を履いた足で、澪は静かに一歩を踏み出す。

 自分の魂を、洗い流す為に。

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