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第3章 「貴方は真実に心臓を穿たれた」⑥

いま何かが聞こえた気がした。

瞬間。時間の概念が薄らぐ。時間が在香を置いて加速する。

なんだこれは。

その一言に尽きてしまう。一瞬の破壊音、それはまさに破壊。爆発でも、粉砕でも、なんでもない純然たる破壊。そして、眼前に広がるは真紅の海。なんだ、なんだこれは。頭が混乱する、世界が今まで見せていた色合いを反転させる、瞬間。

「っ!」

なにかの気配。殺気を伴った、なにかの気配。刹那に銃を引き抜き、その刃を銃身で受け止め、敵を、状況を視認し理解する。

「そのまま気づかなければ、よかったものを」

私が銃を持つ手でなぎ払えば、相手は跳躍する。青色。澄んだ青色の瞳に、紫色の髪の毛。右側だけ長く垂らされた髪の毛が火の粉に揺れる。相手の持つ刀が火の粉色に染まっている。そして、視界の端に倒れ付す、浅葱や新鹿、麻布を確認し唇をかみ締める。なんだこの状況は、さっきまで談話もとい推理をしていたはずだ。こんな風景は知らない。いや、そもそもなんで私は対応できた?なんで浅葱や新鹿が気付かなかった?疑問符が頭の中を駆け巡る。

「あは……は、あんたが連続殺人鬼?」

声が手が、全身が震える。相手が指一本でも動かすたびに緊張が電流のように走る。警報なのだろうか、頭の中でぐわんぐわんと鳴り響き、安全装置として私の意識を奪おうと必死だ。

「……ああ」

銃を握り締める手に力が入る。肯定をした、ということは、つまりこいつが患者を超える患者といわれている奴だ。そして、今私は1対1で相対している。逃げてしまいたい、逃げれば切られる。意識を失いたい、失った瞬間がこの世との別れだろう。そもそも逃げたところでどうなるという話だ、浅葱たちを置いていくなんて絶対にしない。じゃあ、なんだ。

「わっちからも、一つよいか?」

古風なしゃべり方の中に、現代の語調が混じってしっちゃかめっちゃかなしゃべり方をする男だ。それは重症のせいで理性が崩壊しているのか、そもそもそういうしゃべり方なのか。

「なんですか」

わかることは一つ、今は会話を引き伸ばして応援を待つしかない、同じ施設内、そしてこれだけ大きな建物の被害。誰かがくることを願うしかない。

「貴方は、志藤 アリカかのう」

「っ」

名前を呼ばれた。麻布の推測が間違っていなかったことが今こんな形で立証されてしまった、……狙われてたのは私だ。

「な、……なんで、私を狙う」

銃を握る手が震える、今にも汗で滑り落ちそうな銃を必死に握りなおし、相手がいつ襲い掛かってきてもいいように、セーフティーを解除する。私の言葉に相手は笑いをこぼす、けたけたと、にたにたと、狂ったように。

「それは後々知ればよいことじゃ」

相手が動く、刀を銃ではじくなんて力技もいいところだ。だが、それを続けなければ私に未来はない。なのに。

(最初から私、100%力を出し切ってる、のにッ)

マーブルの力100%、反動のことは今は考えていられない。後退しながら見えない刀を殺気だけで感知し、捌く。ああ、同じぐらいの長さの獲物でもあればまだマシだったろうに。防御だけじゃいずれ破綻する、攻撃は何度か受けるうちにパターン化してくる。そして、捌くのも心なしか楽になったコンマ数秒。攻撃に転じる。蹴りを繰り出して、避けられて、攻守逆転だ。蹴りからの、銃での殴打。相手を壁際まで追い詰める。

(もらっ)

刹那、何かを感じ取ってしまう。何か、それは悪寒。油断していた。失念していた。失敗した。湧き上がる無念の言葉はいざしらず。音が遅れて聞こえる、感覚が諦めたように痛みを伝えてくれる。ざくり、背中から胸にかけてなにかが貫通する。ああ、私は想像する。甘かった、敵が一人と決め付けたのが間違いだった。口から血を吐き出す。

「あっ、ぐっ」

お腹を押さえる指が刃に触れる、ただただ目の前の敵を睨みつける。ここまでなのかと自分自身に問いかける、ここまでだ、と体が答える。意識が霧散する、あるのは後悔。もう少し、あと少し強ければ、聡ければ、気づければ。だけど、そんなもの死んでしまえば、関係ない。意識の残滓が掌から零れ落ちた。


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