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第3章 「貴方は真実に心臓を穿たれた」⑤


上級役所 個人研究室203号 18:33


新鹿班全員召集。聞こえはいいが単にいつもの6人が揃っただけだ。数年前よりだいぶ広くなり設備も充実したこの部屋でソファに腰掛けながら昆布茶をすする。新鹿はプロジェクターを壁の白い部分に合わせ、PCを操作する。

「みんなあ、今日は大事な発表よお?」

楽しげに笑う新鹿に杏梨が目線を逸らしている。もう新鹿とそこそこの付き合いの長いものはこういうときは大低よいことでないことを察せてしまうのだ。麻布も杏梨の反応に困ったように苦笑しながらお茶請けのお菓子なんて出してくれた。

「おい、在香。なんか聞いてるかよ?」

「内容は。お先に」

お茶請けを摘みながら、小声で聞いてくる杏梨を軽くあしらう。簡潔に。新鹿の話はやはり昨日の焼き直しではあった。その際伽耶がこちらを捕らえる瞳がひどく揺れていたのを感じたが、私がどう反応しようと事態は変わるわけではないのでスルーさせてもらう。今やるべきことは、問題を解決するために問題と向き合ことである。

「おい、新鹿のにーちゃん。質問いいかあ?」

「なによお」

もう、と口を尖らせながら発言権を杏梨に投げる。杏梨は指の先を擦り合わせながら、にたあ、と笑った。珍しくやる気なんて出している杏梨を意外そうに見つめる。

「この地区にあと何人、残ってる?被害者となりうる人物がよお」

その言葉に私は、はっと顔をあげる。そうだ、自分のことばかりで失念していた。まだ、被害者になりうる人物が残っているかもしれない。そして、残っているのならその人物を最優先で護らなければならない。私の命も大事ではあるが、市民様の命も護らなければいけない。一応税金で暮らしている公務員の悲しき性だ。新鹿は麻布に指示を出して、2分。麻布は罰が悪そうに口を開いた。もうその表情は残り少ないことを示している、そして、恐らくかなり殺されたであろう状況でまだ殺しが続いているのであれば、その少数の中に私は確実に含まれる。そして、目的は私であるかもしれない恐怖。恐怖で口が震える。

「あと、2人、だね……在香込みで」

麻布は言葉を捜しているのであろう。優しい言葉を。心の中でお礼を言えば、私は口を開く。

「じゃあ、伽耶さんたちはもう一人の被害者候補の方の下へ行くべき、ですね」

「在香ちゃん?!」

伽耶がそんなのだめ!この人数で……なんていいだしそうなのを杏梨が視線でとめている。杏梨はため息をついて口を開いた。

「それを決めんのは俺たちじゃねえけどよぉ……在香お前はそれでいいのか?」

そうだ決めるのは私たちじゃない、班の長である新鹿だ。だけど、これだけはいえよう。

「一般人を護るのが私たちの役目ですから。それに」

ちらと浅葱を見る。うん、それだけで杏梨には伝わったようで、全員で新鹿の判断を待つ。この場の責任者であり、決定権を有するものの声を。

「……そうね、在香の案で行くつもりよ。でも、その代わり在香を放り出すわけにもいかないわあ」

目の前のソファに座り込み、新鹿は妖艶に微笑んだ。目を奪うその動作、自信満々なその動作。こういうときの新鹿は信用も信頼もできる。浅葱は私の手を握り締めて、伽耶は悲痛に目を伏せて、杏梨は静観して、麻布は口元に薄い笑みをたたえて。

「まあ、端的にいくわ。今回、在香、浅葱はうちの施設で泊り込みよお。一歩も外に出さないわあ。つまりはまあ、こちらを襲撃してくれたら迎撃も手厚くできるってことなんだけどお」

指が唇のグロスを撫でる。艶かしく指に移ったグロスが煌いている。そして、それをかき消すようにぎゅと握りこみ杏梨たちに向き直った。

「もう片方、つまり、もう一人の候補の方は貴方たちにいってもらうわあ。多分こちらで在香を護るより下手したら危険な仕事よお」

その言葉に伽耶は悲痛そうな面持ちを浮かべながらも、杏梨とともに潔く頷いた。

「もとより、承知の上ですよ。それでも、……私は在香ちゃんの方が心配ですけど、ね」

頬に手を添えて仕方ないと悲痛に微笑む伽耶に、そうときまれば、なんて立ち上がる杏梨。これにて会議終了なんていってないのに、自由な男だ。伽耶もそれに習って退室する。今回はいつもみたいにこちらが上手ではない。敵のほうが何枚、何十枚上手だ。

「在香、浅葱くん。二人には悪いけど部屋は同室にさせてもらったわ。在香を守りきるためにも」

ルームキーと紙が投げられる。律儀にここ!なんて赤ペンで丸をしてあるのがやさしい配慮だ。

「大丈夫ですよ、それぐらいは全然」

在香が首を振って応答する。そんな談話の中ずっと黙り込んでいた浅葱が口を開いた。

「で、新鹿さん。実際、何割の安全が保障されてるんですか?」

膝の上に肘をつき、考え込むように目を伏せる。赤毛がはら、と落ちる姿は見えない涙が落ちるようでもある。

「……そうねえ、実際に此処を襲撃されたら」

自分の作った資料を丸めてゴミ箱にすてる新鹿。麻布が私たちの対面に座ったのを見て、唇の薄皮を噛んで悔しげに口を開いた。

「2割、あるかしらあ」

2割。生存率?それとも私を守りきれる率?どちらにせよ恐ろしく低い。新鹿も麻布も一切ふざけてない、まじめな数字だ。浅葱がぎりっ、と歯を噛む音が聞こえる、悔しさなのだろうか、恐怖なのだろうか、自分を奮い立たせるようなその姿は見ていて痛いほどに怖い。

「それにしても、在香」

麻布が口を開く。なにかを問いたそうに。これは憶測でしかないんだけどなんて、麻布にしてははっきりしない物言いで。

「君は実際狙われる理由に心当たりはあるかい?」

空気がとまる。ああ、今まで迎撃ばかりですっかり話題に上がらなかった、相手の目的。

「もちろん、君じゃなくもう片方の女性かもしれない。だけど」

君が狙われている可能性もある。口には出さないが空気として伝わってくる。

(狙われる理由)

なんだろう。

例えば?恨み。

例えば?被害妄想。

例えば?崇拝。

例えば?探究心。

今までの事件、今までの履歴、すべてが頭をめぐるが、恨みしかどうも私に当てはまるものが思い浮かばない。こんな仕事恨まれるぐらいしかない、というのが正しいのだが。

「思い浮かばないかい?」

こくりと頷けば、そっか。なんて言われる。制服のスカートを握り締めていると、そっと浅葱の手が被さった。暖かい。暖かい手。

「でも、そうなると。なんでここまで狙われてるのかしらねえ」

お手上げよ、といわんばかりの新鹿の表情は色濃い疲れを示している。正体不明の敵に対してこちらは完全に後手だ、これが判明した時点での新鹿の心境は計り知れないが、とてつもないほどの重圧であったに違いない。相変わらず護られているだけの子供な自分に少し自己嫌悪さえ覚えてしまう。その感情は間違いなのもわかっている。だけど。

“きんっ―――”

(え…)


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