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第3章 「貴方は真実に心臓を穿たれた」④

浅葱が声を上げる。根も葉もない、つまり根拠のない噂。そんなものが何故広がるのだろう。それについては少し私も気になって雄樹から梓へ視線を向ける。こういう説明は梓のほうが上手い。私が見つめていることに気づいたのか梓は紅い目を伏せて、なんとやらというように肩をすくめた。

「あれだよ。患者が意図的に発病させられているとか」

意図的に発病させられているとか。

「んで、この世のものではない力を手に入れた患者が凶行に走ってるとか」

この世のものではない力を手に入れた患者。

ばれないように浅葱と視線を合わせる。情報の操作が間に合っていないのだろうか、ここまで一般人に噂とはいえ漏洩しているのは些かまずいのではないのだろうか。心臓が、鼓動が、心拍が。どくどくどくどくうるさく体中にこだまする。

「あるわけないよね、全く根も葉もない噂だよ」

「うん、そうだね」

口の中が乾く。曖昧にしか笑えないのが申し訳ない。

「まあ、そんなんあったらとっくに避難とかでてんだろ」

梓が浅葱にな?なんて振れば浅葱は当たり前じゃないかと真顔でうそをついてやがる。その演技力を少し分けてもらいたく思いながら、他愛もない話を続けていれば学校に着く。変わりもないが、やはり例の噂が流れている。攫われるとか心を壊されるとか殺されるとか多種多様、嘘も本当も今の段階では判断しかねるものまで。これはこれで新鹿に報告義務があるだろう。それか、麻布がもう報告しているかもしれない。まあ、どちらにせよ今日の話題には持ち上がるのであろう。

「んじゃ、これノート」

机にたどり着けば梓に各々ノートを手渡される。ああ、なんていい友人を持ったのだろうと思いながらじんわりと思いながらぼんやりしていると、雄樹がプリントも持ってきてくれる。なんだかんだで仕事に対しても理解してくれるし、急にいなくなったら代返だってしてくれるいい友人たちだ。なんというか、この二人と接していると、あの血なまぐさい世界を忘れられるといっても過言ではない。二人のおかげで普通の生活との接点をちゃんと持って居られている。

「二人とも、ありがと」

「俺からも、いつも悪いな」

浅葱もむずがゆそうに頬を染めながらいうものだから。二人もいつものことだなんて笑ってくれる。平和でとても好ましい時間だ。そのまま談話なんてして、授業が始まる。まあ、授業中なんて何も起きない平和な時間だ。多少わからない点が増えていたがあとでノートを見ながら復習あるのみだろう。さて、昼休みだ。

「浅葱」

後ろの席の浅葱に声をかける。浅葱は端末から目を私に向けてくれる。

「早貴さん、今日は下にいるかな」

下、つまり相談室にいるかな、と。いたならいたで話がしたいが、まあ、昨日の反応からして新鹿のラボに詰めだろうなあとも思ってしまう。浅葱もいい反応はしないあたり考えは一緒らしい。これは、やはり放課後まで問題は放置かなあという展開にならざるを得ないだろう。二人してため息をついていると雄樹と梓が机まできてくれた。もちろん、雄樹は弁当もちだ。閑話休題、さあ、高校生としての私たちに戻ろうか。

「まあーた、在香は難しい顔してるう」

「お前みたいに年中お花畑じゃねえからな」

適当なところから椅子を拝借して浅葱の机で昼食になる。といっても女子二人が弁当をつついているだけなのだが。こういうとき患者って不便というか、疎外感?感じないのかなあなんて思ってしまう。

「それにしても、難しい顔してるってことはまたお仕事難航?」

雄樹は決して内容は聞いてこないがこう心配してくれる。毎度毎度本当にその行為が在香の心を癒してくれるのだ。

「うん、もしかしたらまた数日休むかもしれない」

箸で冷凍食品をつつく。ちょっと、かりと箸を噛めば今度は梓が口を開いた。

「なら、またノートぐらいはとっておいてやるよ。浅葱もちゃんと勉強しろよな」

「いや、してるでしょ。俺成績いいし」

「本当にそれが腹立つな」

天才肌と努力肌。相容れない部分は多くとも友人だ。そんな二人のやりとりが面白くて雄樹と目線を合わせて笑う。

「在香、仕事の内容は聞けないけどさ。ちゃんと、無事で帰ってきてね」

寂しそうに笑う。いえない申し訳なさを感じながら、頷く。

「大丈夫。いざとなったら、浅葱が守ってくれるから、ね」

「そっか」

目線を合わせてなんとなく笑う。そんな普通の日常。自分が普通であると感じさせてくれる日常。

(私はこの日常を護りたい)

決心を決める。なんとしてでも今回の事件も、ちゃんと全員無事にゴールを迎えて見せる、と。


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