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第3章 「貴方は真実に心臓を穿たれた」③


志藤在香/紫藤浅葱宅 在香の部屋 7:00


どれだけ夜寝たのが遅くても朝はくるわけで。結局あれから浅葱の絡みついた腕は離れなくて。そのまま二人で私のベッドで寝ることになってしまった。

「ふぁ…」

あくびを漏らして抱きつく腕が離れないのを見る。ベッドから出られないなあなんて心の中でぼやきながら端末を探し、昨日机の上に放置していたことに気づき諦める。背中から抱きしめる形で顔は見えないけど、穏やかな寝息が聞こえる。それに少し安心しながらも、昨日の夜のことを振り返ってみる。誰が狙いかもわからないが十分私も狙われる要素を兼ね備えている。実際的に外には出たくないが、そろそろ高校の単位が少しきついので行かなければ行けない。いかなくてもいいとは新鹿は言ったが、やはりちゃんと卒業はしなくては。そして、そのためには起きてもらわないといけない。

「浅葱、起きて」

ぽんぽんと優しく手をたたけば、うめき声が聞こえた。

「浅葱」

腕の中で180度回転すればドアップの浅葱の顔に心臓が跳ねたのは言うまでもない。でもそれどころでもない。肩をゆすれば、やっと半目を開けてくれる。

「朝だよ」

「……行かない」

たどたどしい寝起きのそこそこ低い声でごねられた。いや、これぐらいで揺らぐようでは浅葱の朝の面倒は勤まらないと自分を叱咤し、鬼の心で起こす。

「駄目、単位足りなくなるし」

「もう一年、高校生やればいいじゃない」

溜息しか出ないが、でも、これはきっと半分は昨夜の事のせいなのだろう。が、絆されかけている心を叱責する。いけない、いけない、と。

「行かないなら、私一人でも行くよ」

5秒。

「……それは駄目だ」

目を擦りながら、腕から開放し上半身を起こす浅葱。ちょっと罪悪感で胸が痛まないでもないけど、今はそれよりも単位だ。ストレートに卒業はしたい。それに結局は新鹿の元へ行かなければ行けないのだから、外には出ることになる。諦めたようにしぶしぶと自分の部屋へ向かう、浅葱を見送る。端末を手に取れば、習慣なのか起きたのはさしていつもとは大差のない時間だ。いそいそと制服に着替えて、色々かばんの中に放り込む。そして、階下に降り、適当に食パンを特にアレンジせずに食べて、洗面所へ。一通りの準備を終え、ソファに座っていれば少し重い表情をした浅葱が降りてきた。

「本当に、いくの?」

外は危険だ、というニュアンスの表情が読み取れる。

「うん、流石にね」

浅葱は諦めたように少し不貞腐れながらも了承してくれた。

「そういえば、ご飯は?」

首をかしげながら問えば、あまりお腹は空いてないのかいいや、と返事をこぼしてくれた。そのあとは適当な会話をして、登校時間だ。玄関に立ち、ローファーに履き替え、外に出る。もちろん、鍵もかけ忘れない。浅葱はといえば、凄い殺気と警戒心の入り混じった暗くて重い表情をしている。

「浅葱、大丈夫だよ。流石に、戦うことはできなくても、逃げるぐらいはできるから」

銃もあるし、とスカート下のホルスターにスカートの上から触れにっ、と笑ってみる。

「分かってる、けど」

「それに、浅葱からは離れないよ。まあ、クラス一緒だし、ね」

そういうと少し表情を和らげ、でも、縋るような瞳が私を写す。懇願し、縋る瞳。

「絶対、な」

「うん」

鍵を抜き取り、通学路を歩み始める。学生の登校時間なために歩いているのはほとんどが同じ制服の生徒だ。ネクタイの色の誤差はあれど、大体がみんな一緒。そして、大体がみんな仲睦まじく腕を組んだりしてくださっているなか、話も何もしない、だけど寄り添いながら歩く。時々不安げに浅葱はこちらを見てくる。その度に曖昧にでも笑ってみせる。そんな不思議なやりとりが数回行われた頃合。

「はよー」

後ろからたったっと走ってくる音が聞こえ、振り向けばそこには金髪の髪をサイドに纏め上げた翡翠色の瞳の女生徒が笑いながら私の名前を呼ぶ。

「あ、おはよう。雄樹」

暮灯 雄樹。こんな名前ではあるが女だ。そして、私たちの数少ない友人でもある。

「おう、全く5日前以来顔見てないから心配したんだからなあ」

ぷくーっと擬音がつきそうなぐらいに頬を膨らませた雄樹に謝罪を述べているとひとつ気づいたことがある。

「あれ、雄樹鞄は」

「あぁ、もうすぐくるよ」

なんて笑うものだから、またか、なんて気分になりながらももうすぐくる相手に哀れみを押し隠せない。これはいつもの朝の日常風景。ほら、もうすぐ後ろから。

「くるよ、じゃねえよ!」

クリーンヒット。正しい表現はこんなものだろう、一瞬の出来事ではあるがマーブルの在香の瞳を侮ってもらっては困る。鞄が雄樹の後頭部に直撃して、雄樹がその反動で前に転び、鞄はその数歩先に転がっていくのを。これには浅葱も失笑を禁じえなかったらしい、なんともいえない表情で口元がひくつかせている。

「人に鞄押し付けやがって!」

黒髪のショートカット。爽やかなスポーツ少年ちょっと荒々しいがきつい印象は与えない。

「おはよう、梓」

浅葱も沈めた表情を控えて、友人であり雄樹の旦那である暮灯 梓に挨拶をしている。

「はよ、ったく……そういえば、お前らが休んでたぶんのノートとっておいたぞ。あとで渡すわ」

雄樹も梓もクラスは一緒なので、そういう事情を察した動き方をしてくれるのは実はかなり感謝していたりする。

「ごめん、ありがとう。梓君」

「ちょっと!誰も私の心配してくれないの?!」

泣きつくように雄樹に抱きつかれた。なにげに胸に顔を摺り寄せているあたり、強かだなあとか思いながらよしよしと頭を撫でる。

「自業自得だ。あほう」

べし。梓の拳がクリーンヒット。こんなことやってて雄樹もDVだなんだいいださないんだから、これは相思相愛だなあ、なんて思って浅葱を見れば首を傾げられた。落ちていた影は消えうせて、少しだけ危機を忘れられているような。心の奥底に少しでも沈められたような表情をしている。

(よかった)

つらそうな表情をさせているのは好きじゃない。そんなことを思いながら、止めていた足を動かす。

「そういえば、雄樹。私たちが休んである間何か変わったことなかった?」

変わったこと、宙をみて考える。すると、あぁと閃いたように指をぴんっとさせた。その様子はまるで子犬がご主人を見つけたときの反応のようで、少し面白い。いや、カワイイ。

「根も葉もない噂が広まり始めてる、ぐらいかな」

「根も葉もない噂?」


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