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第3章 「貴方は真実に心臓を穿たれた」


2005/07/01

志藤在香/紫藤浅葱宅 浅葱の部屋 0:00



「あ」

白い天井。白い、自分の部屋と同じつくりのはずなのにまるで違う天井のように感じる白い、天井。

「……?浅葱」

寝返りを打てば赤色の毛玉。いつもなんだかんだ私を立てて、私を護ってくれている赤毛の男。

「んー」

長く懐かしい夢を見ていた気がする。少なくとも感傷的に赤毛玉、否、浅葱の頭を撫でてしまうぐらいには。

そんな感傷も程ほどに、浅葱を起こさないように起き上がる。また、マーブルとしての力を使った反動で倒れてしまったようだ。

「浅葱の部屋か……」

ちょっと趣味の悪い、暗いしめ切った部屋、だけど匂いはすごく落ち着く。欠伸を漏らして、時計を確認すれば暁美の事件から既に4日が経過していた。同時に、首筋に妙な痛みを感じて触れてみればぬるっと真新しい血液が首を滑り落ちた。

(食後に、お昼寝……いや、れっきとした睡眠か)

現在、深夜0時。食事をしてから寝たが、血を拭き忘れたのだろう。特に問題はないので、きていた洋服の袖でぬぐい、部屋を静かに出る。自分の部屋まで戻れば、机の上に置かれていた携帯を手に取る。もちろん、電話先は直属の上司様である新鹿だ。数回のコール音のあと電話がつながる。深夜だというのに起きていることに少々驚きつつまずは挨拶。

「こんばん」

「ちょっとお、遅いわよお!」

こいつ何度いったら……口から毀れそうになる小言を強引に飲み込み、相手の話に耳を傾ける。

「あれから、四日よお、いつまで寝てるのよお!」

ふわあ、毀れたあくびをかみ殺すことなく素直に出しながら聞き流す。毎度のことなのだから理解しているだろうに、いつも決まり文句のように言うのだ。

「あの、報告いきまし」

「きたわよ!岩槻たちからしっかり受け取ったわあ」

電話の向こうでぶつぶつ小言が聞こえるが、それはあえて無視させていただこう。いちいち取り合っていたら日があけてしまう。

「それならいいんですが、くあ……」

「ええ、なので今回の任務は終わり、よお」

歯切れ悪く途切れる新鹿の声に、なんかあったのかなんて旨を聞けば悩むような唸り声のあとに電話の主が変わった。

「こんばんは、在香」

「あら、こんばんは、センセ」

センセ、改めて先生。この二年間で、色々と変わったものだ。新生新鹿班結成のあとに岩槻夫妻の新規加入、新鹿や麻布からは在香、なんて呼ばれるほどには信頼関係を築けた。本当に、色々、変わった。

「先生はむず痒いから、やめてくれないかって前々から言ってるだろう?」

優しく電話の向こうで苦笑を浮かべているのがわかる声音だ。すみません、なんて笑えば、麻布はいいよなんて凝りもなく許してくれる。これでまた次あったときはセンセなんていうのが今までの一連の流れだ。

「で、早貴さんどうしたんですか?」

窓ふちに寄りかかり、月を眺める。まんまるで、ゆらゆらと揺れて見ていると眠くなるぐらい穏やかな月。まるで平和の象徴だ。

「最近、ノーマリの昏倒事件が起きているのを知っているかい」

「知りません」

間髪いれずにきっぱり断れば、困るように笑った麻布の声が聞こえた。うとうととしながら、机まで歩き紙とペンを取り出す。無論、あんなもったいぶったからには次の事件なりなんなりに絡んでくるからであろう。ペンを指先で弄べば、本題を麻布が話し始めた。

「じゃあ、患者の中に一際強い……物理法則や科学事象を捻じ曲げる存在がいる、なんてことは」

それなら聞き覚えもあると、定型文のような言葉を吐き出す。

「都市伝説程度、の知識ですけど。政府が否定してますし」

都市伝説、まあ、それはどこにもあるものだ。重度の患者から更に悪化すると、そう例えば、念力、例えば、発火能力、例えば、念話能力、そんな馬鹿げた力を手に入れるという噂だ。だが、そんなものただの噂でしかなく、同時に、公式に政府はそれを否定している。だから、私たち役人も一定のルールの中であると想定して動けている。もし、仮にもそんな患者がいたなら何人が辞職願を出すのであろうか。まあ、想像に難くない。

「はい、その程度で大丈夫です」

にっこりと電話の先で微笑む麻布を想像できてしまい、まためんどくさいことに巻き込まれるのかな、なんて思いをはせながら、めんどうごととメモに記した。

「端的に言いましょう。存在しますよ、その患者」

おそらく国家機密レベルの秘密を一構成員、一女子高生に話してしまっていいのだろうか。麻布もここ数年で新鹿の影響なのか何なのか、こう、ごり押しが強くなった気がする。強かになったというか、確実に新鹿の調教が行き届いているというか。とりあえず、都市伝説現実有と記しておく。

「それほかのメンバーには」

「言っていませんよ。だって、今日の朝確定した情報ですから」

はあ?思わず口から毀れ出た悪態に、軽く謝罪をしつつ、さきを促す。新鹿にいくら無体を働けても、麻布には絶対に無体は働けない、なんとなく。

「まあ、正確には今日の朝新鹿さ」

「圭よ」

電話口にまで口を挟んでくる新鹿。もう、麻布に名前よびを強要する公私混同モラハラ上司め。こほんとわざとらしく咳払いをした麻布が話を再開する。

「圭さんが昇格したので、その際に機密公開のランクも上がったんですよ。俺たちも必然的に」

「はあ、おめでとうございます」

そっかあ、昇格かあ、出世したねえ、なんて心の中で他人事のように思いながら電話を肩で押さえ軽い拍手をする。

(ん?)

「俺たちも、ってことは私たちも、ですか?」

いやまあ、確かに機関の中では異端の新鹿班はひとつにくくられることが多いが、そんな適当でよいのだろうか。まとめて昇進、感慨もなにもあったものではない。

「ええ。もちろん。で、話を戻しますよ」

はい、と冷静に返事をするが、心の中は少し浮き足立つものだ。昇格ということは給料も上がるわけで、今度家具でも買い換えようかなんて考えてしまう。

「まあ、必然的にかかわる任務も機密度、危険度ともに跳ね上がります。ちょうど、前任者も殉職なさったので」

「人手不足の、トカゲの尻尾で昇格ですか」

少し、ほんの少しがっかりした。いや、そもそもここへの就職だって似たようなものであったからしょうがないのだが。それでもやはり、実力を認められての昇格とトカゲの尻尾きりでは大きく差が出る。主にモチベーションに。

(昇格するとき本当こういうの多いな)

人の死に纏わる感じがどうも私の心に罪悪感を残すのだ。どこかちくちくと心を刺されるような罪悪感が。それにしても、殉職。

「まあ、そう落胆はしないでください。実力も認められていますよ」

そうでなきゃ困る。こちとら生きてる人間なのだ、消耗品扱いでほいほいなんて理由だったら即座に辞職願を出したいものだ。

「そんなこんなで、俺たちの追うべき標的のことなんですが」

標的、追うべき敵。だけど、いつもみたいに、いつも以上に穏便には終わらないだろう。少なくとも出会いがしらに発砲してさようなら、なんてものなら殉職なんてありえない。だから、ということは。

「標的の能力は申し訳ないが、不明です。今まで殉職者数組の戦闘痕跡を見ても、不明です」

不明、アンノウン。いやはや、こういうのは本当に恐怖をあおる。戦闘痕跡を見ても、不明。発火能力者であるなら焦げ痕なりなんなり残るだろうし、念力ならそりゃもう戦闘場所が捻じ曲がっているだろう。この際念話能力は排除するが。

「不明ですか、能力は不明でも、ほかの事は掴んでますよね」

まさか掴んでないので、一からはいどうぞ、なんていわれたら今すぐ自分は麻布を殴りにいかなければならない。それはさすがに掴んでるよ、なんて麻布が慌てていうものだから、どこかほっとして詰めてた息を吐き出す。同時に、慌てて紙に能力不明、昇格、殉職者有と記していく。

「えぇ、加害者の大体の身長は165cm、髪は腰ぐらいまで、瞳の色は赤、まあ、患者ですね」

つらつら、筆を滑らせていく。

「性別は識別できていませんが、今まで狙われた被害者には共通点があります」

性別不明、被害者共通点有。記しながら思考する。被害者に共通点があるなら少なくとも目的がある、目的があるなら必ず目的を遂げるまで犯行をやめない、やめないのなら引きずり出せる。口元が行儀悪くつりあがってしまう、私自身、随分とこの仕事に折り合いをつけるようになったものだ。標的を追い詰める感覚、生死のぎりぎりで口ではどんなこと言いつつも、命の火花を感じる。あぁ、本当に毒されてしまった。

(まあ、前回のはそれどころじゃなかったけど)

本気で死に掛けたものだ、ただ暴れ狂うだけのものならあそこまで追い詰められないのだが、いかんせん相手のフィールドに相手は僅かな理性を握っていたのだ、やりにくいったらありゃしない。

(ん……?)

ここまできてふ、と違和感を感じる。あれ、なんだろう。この違和感。

(あれ?)

あれ、重症患者は理性なき怪物になることが多い、中には前回の事件のように石ころような理性を握っているものもいるが。

「早貴さん。その患者は私たちに補足されない程度の知恵、理性ともにあるということですか」

そうだ。目的のためだけに石ころ程度の理性で、獣のように目的だけを頭において機関に補足される患者ならごまんといた。だけど、今まで少なくとも私の知る限りではあるのだが、機関に補足されない程度の知恵を持ち、目的をもって動く敵なんていなかった。そもそもそんな理性が残っているなら、一般人にだって紛れられる。

「そうなのよお、在香」

新鹿が話に割り込んでくる、どうやら会話のバトンタッチ、のようだ。

「重症っていうのはね、進めば進むほど狂うわあ……だけど、重症を脱したものは理性を取り戻すのよお」

なんだそれ、狂いに狂い果てて理性を取り戻す?意味がわからない。狂ったらそれはもう戻れないもの、だという先入観ではあるのだが、そんな出口のあるトンネルのようなものなのだろうか。

「そして、理性とともにその患者が心に秘めているものが具現する。それが、物理法則、科学事象を捻じ曲げる力、よお」

物理法則を捻じ曲げる。――そんなものは前提にない。

科学事象を捻じ曲げる。――自分たちは科学事象前提で立っている。

改めて、頭の中で反芻すると恐ろしい。おぞましい、そんなものに立ち向かえるのは同じ状況にあるものだけだ。銃弾で殺せる相手にしか立ち向かったことはない。眠気と話のでかさに現実感を感じられず塞き止められていた恐怖がいきなり身に襲い掛かる。歯がなりそうになる、手はもう震えている。

物理法則を捻じ曲げる。――人は空を飛べない。

科学事象を捻じ曲げる。――火種がなければ爆発などは起こらない。

そんな当たり前が捻じ曲げられる。混乱する頭は整理するように手を動かさせる、紙に書けば書くほどそれはおぞましいものだ、と脳内で繰り返される。

「今からそちらにいっていいですかね」

痛くなるこめかみを押さえながら、詰めてた息を吐き出しながらそう言えば、麻布のよく通る声が返ってきた。

「いや、在香は夜間の外出をこれから控えてほしい」

「は」

今まで機関の人間にこんなことを言われたことはない。なら、女の子扱い、なわけないか、と自嘲気味に心の中で突っ込む。こんなことをいわれたのは理由があるはずだ、そして、おそらくそれは確実に今回の事件に絡んでいる。間違いない。断言しよう。

「被害者の共通点、それがね」


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