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第1章「知らぬ間に放り込まれる物語の中」④

伽耶は浅葱をバックアップするように暁美の背後に回りこみ、メリケンサックを構えて、その腕で殴りかかる。

「違いますよー、あなた方が殺されるんです」

けたけたにたにた。本性を表した吸血鬼は狂ったように笑いながら、浅葱の腕を振りほどき、伽耶の顔面を蹴り飛ばす。吹き飛ばされる伽耶は途中で身を翻し、綺麗に着地。同時に浅葱が爪にて突きを繰り出すがかわされる。

「隙、見せますかね?」

在香の呟きに欠伸を漏らす杏梨。相談すら乗ってくれないらしい。眼鏡の奥の感情を読み取れずに、溜息をつく。爪と拳による応戦。反転病患者は本当に厄介なもので、爪やらを金属並みに強化できたりもする。ちなみに俗説といいますか、都市伝説的なものでは血を操る患者やら影を操る患者なんてのもいるらしい。だが、今のところ報告にあがってきた患者をみても全て爪の金属化が最大値になっている。

(チ、めんどくさいな……)

浅葱を正面で相手取りながら、伽耶の奇襲を裁く暁美はまるで機械のようだ。精密に精緻に攻撃を裁き一撃一撃を突っ込んでいく。

「は、お前っ、本当に人間かよ」

距離を取る浅葱が嘲笑の色を浮かべる。余裕がなくなってきている、長期戦は危険だ。伽耶に眼を向ければ、伽耶も伽耶で息を切らしながら暁美に襲い掛かれば、捌かれ、また一撃とダメージを蓄積していく。こっちにはとっておきの武器もあるが、弾の数は限られていて、在香の持ち分は五発。先に一発撃ってしまったので、あと四発しかやつを完璧にこの世から消し去れない。考える、思考がかけ巡りながらも有効な手段が思い浮かばない、この狭い部屋は利点であり難点なのだ。相手を逃がさない利点と、こっちが動き回れない難点。

(クソッ……)

爪を噛めば、自棄としかいえない、手段が思い浮かぶ。一か八かの零距離射撃、さっきは避ける幅があった、だが、この状況なら避けられても浅葱や伽耶が押さえつけてくれるだろう。それを信じるしかない。

「杏梨さん、私が死んだらいろいろと後処理お願いします」

真顔でつぶやけば、がっしりとした手が私の頭を一回なでた。了承、ということだ。息を吸い込み、駆ける。一瞬だ。

(なぜ、ノーマリと呼ばれずマーブルと呼ばれるか。見せ付けてやるっ)

刹那、瞬間移動とも取れる速さで相手に近づく。音は風を裂いて、周囲は乱入者に一瞬の油断を見せる。伽耶の反応も浅葱の息を呑む音も聞こえる。コンマ1秒。相手のどこでもいい相手の体にがっしりと銃口をおしつけたのを自分の中で確認して、その重い引き金を。

引く。

「おらぁあっ!」

銃口からの破裂音、肉を裂き貫通する弾の音。私の中ではとてつもない爆音となって、その音すら襲い掛かるが、そんなの気にしていると私が死んでしまう。そんな生存本能のアラートに従い、暁美を蹴り飛ばして距離をとろうとするが、相手も無能ではなく、半身は離れられたのに、半身は握られたまま。そして、その離れた半身のナイフにも等しいツメが、耳から胸にかけてカウンターとして襲い掛かる。

(ちっ……)

しょうがない、死ななければいい。痛みを覚悟して頭を護る様に、頭の上で腕をクロスさせる。

数秒。

襲ってくるはずの痛みは、襲ってくるはずの裂傷は何秒立っても襲ってくる気配はない。

「打ち合わせもなしに、いきなり突っ込んできちゃ危ないでしょーが」

目を開き、目の前を見れば、相手の腕が目の前にぼとっと落ちてくる。浅葱が切り落としたらしい、そのまますかさず伽耶がメリケンサックを外し、強化された爪で相手の足を立てないように切り落とす。

「ごめん、ちょっとあまりいい方法が思い浮かばなくて」

苦笑しながら立ち上がる。少々呆気に取られている自分になんとか活を入れる

「ッ、か、ふ、が……」

言葉を形成できない暁美。血を吐いて音もほぼ声ではなく、吐血する音、恐らくではあるが、回復ができないとかそんなニュアンスのことを言いたいことは察しが着く。通常切り落とされたとしても回復力で少しずつだが生えてくるものなのだ。反転病は本当に人間離れしている。

「回復、できないでしょう?」

相手の額に銃口を突きつける。暁美の目がなぜと問う。余裕をかまして相手をいたぶる趣味はないのだが、まあ、聞かれたことだし答える。

「この弾丸、マーブルの血が練りこまれてるんです」

マーブルの血、それは反転病に対する数少ない殺害手段。実際はそこまで凶暴なものではないが、マーブルの血にはそもそも反転病であれノーマリであれ回復力、免疫力を根こそぎ奪うという謎の力がある。まあ、奪うだけで殺しはできないのだが。よってそんなの1発でも撃ち込まれれば、じわじわと傷口は塞がらず、欠損は補えず死に至る。

「ま、……の、ち……?」

暁美の暴走のきっかけその強い探究心、もしそれが暴走しなかったら機関にいたのかなあなんて考えながらトリガーに手をかける。

「根こそぎ回復能力とか免疫力とかを奪う血です。一部の規定値以上のマーブルしか持っていない血なんです。だから、まあ、私は危急の事態で半分自分の意思での即配置でしたが、これは珍しいんです。まあ、私のことはおいておいて、大体の規定値以上のマーブルは半強制的にこの職業につくんですよ」

答えはあげた、冥土の土産だ。トリガーを引けば、銃口が火を噴く。貫通する弾、見間違えることなく死ぬ暁美。その肉の塊がぼとりと力なく崩れれば、背後で伽耶も浅葱も杏梨もみな一様に緊張の糸を解いているのがわかった。私も大きく息を吐き。うなだれる。立てない、もう、無理だ。

(疲れた……)

血の気がないのが私自身でもよく分かるぐらいに体が冷える、寒い、なんて思えば、浅葱がよってきてくれる。

「お疲れさん、後遺症は平気か?」

首を振る。後遺症、マーブルはノーマリより勝っている力を使った場合に訪れる反動だ。頭を使う分にはいつもより眠りが深くなる程度で済むのだが、身体面、体力やら瞬発力やら本来のノーマリとしての私が持つ力のふり幅を超えてそれを使えば、ひどい後遺症を引き起こすのだ。

「ごめ、立てない……」

銃をホルダーにしまうのもやっとで体の末端から痺れが上ってくる。伽耶の心配する声と杏梨ののんきなお疲れさんとかいう声を最後に意識は絶たれたのであった。

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