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第1章「知らぬ間に放り込まれる物語の中」②

道中 9:40

暁美さん宅は九帖駅から徒歩40分という僻地にある。そして、当然暁美さん宅に近づけば近づくほど人の気配はなくなる。

「ぶっふぉ、よほど嫌われてんねー、十条くん?」

つばを飛ばすように笑う杏梨から少し間をおく。全く、汚い。

「そりゃ、人間誰しも死にたくないですからね」

歩きながらの言葉がほぼ杏梨の独り言と化しているのは毎度のことだ。唯一、相槌を打つのは伽耶。本当にできた奥さんだ。

「在香、で、今日の仕事の段取りは?」

途中浅葱に耳打ちされるように聞かれ、そういえば杏梨の相手をしていて聞けなかったんだな、と思い出し淡々と説明をする。説明をし終われば、またか、みたいな目線で杏梨を一瞥する浅葱に苦笑を禁じえない。

「在香、嫌だったらたまには放棄してもいいんじゃね?」

「放棄したら全員おじゃんよ、流石に私も死にたくないし。伽耶さんも浅葱も重症にしたくないもの」

そう、成り行きチームメイトといえどもうかれこれ1年ちょっとぐらい一緒にやってきているのである、叶うものなら失いたくない。

「優しいー、杏梨にはもうちょい辛辣でもいいんじゃね?」

優しい言葉にいいの、なんて返せば民家の前に立ち止まる。40分なんて歩いていれば早いもので。

「ここかー?おーい、暁美さんよぉー」

「ちょっ、大声出すなよっ」

杏梨が酔っ払いのうざ絡みか、とも突っ込みたくなるようなテンションで挑発をする。アホか、なんていいたくはなるものの浅葱のツッコミでその言葉は嚥下された。

「……反応ありませんね」

伽耶の言葉に頷き、今度は正攻法。チャイムを鳴らしてみる。

“リンゴーン”

家の中に虚しく鳴り響くチャイム。物音がしない、家の中にいないのかなどと一人で考えても仕方なく4人で眼を合わせる。

「突入しかなくね?」

浅葱が早く終わらせようといわんばかりに手をぷらぷらとさせて、ドアをみやる。

この場の決断は仕事をしない杏梨にではなく、私に委ねられている。

「そう」

言いかけたところでガチャリとドアが開く。

「あのー……どちらさまで?」

「?!」

肩が跳ねる。まさかでてくるなんて思わなかった。

「あ、や、その」

突然のことで思考が停止しなにをいっていいか分らなくなる。口をぱくぱくさせていると、浅葱が一歩前に出た。

「すみません、アンタ、十条暁美さんであってます?」

ニヒルな笑みを浮かべながら、不遜な態度で確認をとる。その浅葱の行動のおかげで幾分か冷静さを私は取り戻した。そして、その男の顔を見る。

(本当は確認の必要はないし、その男が100%十条暁美なんだけど)

念のためという奴だ、攫われた人間が変わりにでたのかもしれない(顔が写真と酷似しているのでありえないが)。臨戦態勢、もし、相手がYESといえば即座に此処で殺すしかない。無駄に長期に持ち込むとこっちの死のリスクも跳ね上がる。

はやる心臓を理性で押さえつけながら、腰のホルダーについている、対重症用の拳銃に手をかける。場が、空気が、重い。

杏梨もらしくなく伽耶の一歩前に出てる。そういうところは旦那さん、だ

「いかにも、そうですが」

それが普通であるかのように応答を受け取る。自分が十条暁美である、それ以外であることなんてないことを態度で表す相手にコンマ数秒、銃の安全装置を外し、弾丸を頭蓋にぶち込む。

「っ…………おやぁ、危ないですね」

頭蓋にぶち込まれる筈の銃弾は暁美が数cm右にずれるだけでかわされた。

(は……?)

今私はほぼゼロ距離に近い状態で発砲をしたのだ。だが、これで相手にこっちが危害を加えると知れてしまった。次相手が動くとしたら、こちらの殺害を前提であることを動かなければない。

(しくったか……)

相手とにらみ合う、へらへらと笑みを浮かべる十条暁美ははっとしたように手を打った。何をしでかす気だと場に緊張の糸が張り詰める。

「あれですか、機関とかいう……えと、上級お役人さん」

あぁ、なるほど。と手を打つ暁美はこちらの空気に合わないほどに穏やかだ。

「なるほど、あぁ、ついにきてしまいましたか……」

どうしたものかなんて首をかしげる様はどこにでもいる普通の人間だ。でも、こいつはゼロ距離に近い弾丸を避けた。そのままカウンターを食らわすこともできただろうに避けたのだ。目的が見えない、だが、言える。普通じゃない。

「立ち話もなんですし、中、入ります?どうせ、私は殺されるのでしょう?」

胸に手を当て、ホテルのボーイのように気障に部屋へどうぞなんていわれる。

「は……?」

浅葱や杏梨、伽耶までもが同じ反応を示している。なにいってんだ、こいつ、と。

「私は逃げも隠れもしませんよ、とりあえず、ほら、罪状とか一応説明もしてもらいたいので」

余程のアホか、それとも腕に自慢があるのか、部屋になにか仕掛けがあるのか。数多の可能性が脳みそを巡る。するべき選択はなんなのか。一呼吸をおき、杏梨に目配らせをする。

「お茶は飲みませんし、処遇は変わりませんが宜しいですか?」

凛とした態度で告げる、お前は詰んだ、終わりだ、と。その言葉に暁美は殺人鬼とは思えぬ穏やかな笑みで、はい、とただ答えるのであった。

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