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第1章「知らぬ間に放り込まれる物語の中」

一つ、規定値以上のノーマリは上級職業への就職を選択できる。

一つ、ノーマリが上級職業を選択した場合のみ反転病のパートナーもともに働ける。

一つ、上級職業者のみ反転病の殺害権限を有する。

一つ、親子間での結婚を禁ず。

一つ、マーブルと呼ぶことを禁ず。


以上がこのセカイのルールである。これはそんなセカイの運命奇譚。

                (―――抜粋 反転病対応マニュアル)


2005/06/27

九帖くじょう駅前モニュメント像付近 9:00

「浅葱それ、動きにくくないの?」

黒いコートをひらりひらり、赤い髪をたなびかせる浅葱に問いかければ、浅葱はふふん、愉快げに笑う。

「ちょっと、動きに制限は掛かるけど、かっこいいじゃん?」

「はあ……」

そんな他愛もない会話を私たちは繰り返して駅前にたどり着く。平日だというのに、駅に人は少ない、その理由は……まあ、後々説明することになるであろう。

九帖駅前に綺麗な染めた色ではない天然の茶髪の女性を見つければ駆け寄る。

「おはようございます、伽耶さん」

「おはようございます、先ほどは本当に杏梨が本当に!申し訳ございません」

深くお辞儀をされれば、こちらも問題ないといわざるをえない。彼女が伽耶、岩槻いわつき伽耶かや。反転病を患いながらもノーマリを差別することのない、いい人。そして、なにより杏梨にはもったいなさ過ぎるパートナーだ。

「うはっ、もうそいつらだって慣れてんだろ?付き合いなげーんだからよ」

下品に笑いながら不潔にも髪の毛からふけをぼろぼろ落とす、黒髪白衣の男。こいつが、杏梨、岩槻杏梨だ。こちらの2人はもう結婚を済ませており、夫婦ということになっている。いや、夫婦だ。

「ソウデスネー」

浅葱がなんともいえない表情を浮かべながら、反応を示せば杏梨がだよなーなんて肩を組んでいる。

(哀れなり、浅葱)

心の中で合掌をしつつ、伽耶と本日の段取りをする。あっちの2人は今この空間にいないことにして。

「伽耶さん、本日は重症の対応と聞きましたが……実際どこまでやっちゃったんです?」

この時代では一般に普及していない、タブレット端末をサーっと動かし、本日お会いする人の個人情報の入ったファイルを見る。相変わらずも重そうな板だ、こんなの持ち歩かせてしまっているのが伽耶に対して申し訳なくなってしまう。

「不貞と殺人行為ですね、処分は確定だそうです……」

眼を伏せながら悲しそうに呟く伽耶の言葉を聴き、再度ファイルを見直す。十条じゅうじょう暁美あけみ、性別は男、年齢は22、反転病患者にして重症。写真の特徴といえば少し爽やかで物腰がやらかそう、強いて言うなら優男というイメージを受ける。

(重症ね……)

爪をかみながらタブレット端末を見つめる。重症とは反転病からさらに上、強い暴力性と強迫観念をもち、民間人に危害を加えるようになった反転病患者のことをいう。重症に関しては強迫観念なのだから治せるのではなんて一時期は努力も見られたようだが、反転病のもう一つの大きな特徴とでもいうのだろうか。反転病患者が重症となった場合回復の見込みは0に近いらしい。暴力というものを振るうことに快楽を得、普通に生活している分には見せることのない暴走を見せるという。

(毎度毎度血生臭い仕事ね……)

そう、仕事である。在香が勤めているのは重症患者の対応をする機関である。世間では上級職業などと呼ばれてはいるが、そんな綺麗なものではない。表向きは重傷者のお相手、だが、実のところはもっと血生臭い。重症者には2種類居る。重症が行くところまで行き、ほぼ鬼といっても差し障りなく、人間としての理性を手放してしまったもの。もう1種類は重症を発症しても、理性で押しとどまるもの。機関は後者に対しては監視をし、前者に対しては殺処分を持ってして対応をする。そして今日の仕事は後者である。

十条暁美、妻を食い殺し、13人の女を食い殺したまさに吸血鬼にして殺人鬼、現代によみがえったヴラド3世。警官が取り押さえようとしたものの皆さん、暁美の胃袋へ直行したらしい(正確には行方不明、まあ、帰ってこないという事実だけがそのファイルに居座っている)。また、その暁美も暁美で堂々としたものである。自分は食事をしているのだから、と開き直って自宅に居座っているらしい。

(逃げたりしない分いいんだけどさ……)

おかげで近隣住民は避難、といっても食事の際暁美は町に出るのだから意味がないのだが。まあ、そんなこんなで消えも隠れもしない殺人鬼の家へお宅訪問である。溜息を零せば、伽耶が心配そうに覗き込んでくるために、笑顔を取り繕う。

「伽耶さん、今日はアレは働きますか?」

人の旦那様をアレ扱いはいかがなものと思いはするが、……うん、まあ、杏梨はその扱いでしかるべきである。

機関の仕事は4人1組、基本はパートナー二組で行われるものである。そして、私たち。私、浅葱、伽耶、杏梨の09班は全く働かないのが一人居る。杏梨はそもそも動けばできるのに気分が乗らないからと死のふちに立たされてもやらないときはやらない男である。

(アイツのために何度死に掛けたか……)

ので、最初にやるかやらないかを聞いておくのが一番である。当てにならないものはあてにしない。できることは自分でやってしまうのが一番生存率が高いのだ。

「申し訳ございません……杏梨の分は私が働きますので、ご安心ください」

杏梨は今日も働く気がないらしい。それで私たちと同じ給料を得ているのだから憎いものである。となると、と、思考を巡らせ今日の段取りを考える。

「私が主軸に動きますね、敵の処分は私がやるので、伽耶さんは浅葱とともに援護をお願いします」

反転病患者に殺させてはいけない、これがこの仕事のルールである。反転病患者がノーマリであれ反転病であれ生物を殺すという行為をすると、その行為から快楽を見出し、重症と化す可能性が跳ね上がるらしい。それならノーマリのみに就職させればいいなんて声も一時期はあったそうだが、ノーマリのみの数押しでいったところで重症までいくと歯も立たない。そんなこんなで愚かにも経験で学んだ、日本政府が機関にだしたのがこの形である。特殊なノーマリ2人に、反転病2人。殴り合い、取り押さえまでは反転病が、処分はノーマリが行うというものである。ので、仕事をしない宣言をした杏梨をあてにしないのなら自分が殺すしかないのだ。

「本当に、在香さんにばかり汚れ役を……なんていったらいいか……」

伽耶は本当に申し訳なさそうにこれでもかというぐらいに頭を下げてくる。夫のせいで……なんて、でも、夫を見捨てないのだから懐の深い、いい奥さんである。

「大丈夫ですよ、私もこの仕事を選んだ時点で覚悟はしていましたから」

笑顔を浮かべながら、顔をあげてください?なんていえば今度は、深々とお礼をいう。もう毎度のことなのだが、毎度毎度伽耶はこうだ。本当に申し訳ないんだろうなあなんて感じながらも、少しくどい。でも、そこが伽耶のいいところでもあるのだから、むげにはしない。

そんなこんな段取りを終わらせれば、目的地―――殺人鬼の館、もとい、暁美さん宅に行くために行動を開始するのであった。

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