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第12話 敵か味方か〈18〉

「あら? そちらは?」

 尋ねたのはアリシアだ。注文したメニューをトレーに乗せて運んできてくれたニナの傍らに、同じくトレーを片手で携えた女性がいる。ニナが「こちらは……」と紹介を買って出た。

「お店のご主人の娘さんです。オーダーした品が多かったので、運ぶのを手伝うと言ってくださって」

 紹介されて会釈した女性は身重で、ライトブラウンの髪をポニーテールに結わえている。彼女は器用に、トレーを支えていない方の手で持っていた折り畳みスタンドを片手で広げてベンチ前に立てた。そして、その簡易的なテーブルにトレーを置くよう「どうぞ、こちらお使いください」とニナに促す。

 アリシアは、ニナと一緒に食事を運んでくれた女性の横顔をじっと見つめた。

「あなた、どこかで……」

 令嬢はつぶやきながら、はたと思い出して「あっ」と短く声を上げる。

「そうだわ! あなた、確かレナルドさんが水車小屋にいると教えてくださったわよね?」

「はい。イヴと申します。あの、今朝は領主様のお嬢様だとは全然知らず、失礼をしていたらすみません」

 アリシアは首を振り、「いいえ、あなたの助言がなかったらレナルドさんを探し回るはめになっていたはずだわ」と笑い、テーブルの上に並んだメニューを眺めた。

「全部おいしそう。頂くわね」

「あっ、はい、どうぞ」

 イヴがかしこまって一礼し、「まずはどれになさいますか? ワインもお持ちできますが」と尋ねた。

「あら、気を遣わないで大丈夫よ。イヴさん、だったかしら、お腹にお子さんがいらっしゃるのだもの、無理なさらないで体を大事にして頂きたいわ」

 言いながらアリシアは「まずはパスタを頂こうかしら」と木製の椀とスプーンを手に取る。それをきっかけに、レオもパスタを、ニナはタルトをそれぞれ選んだ。ニナもベンチに腰掛け、ちょうどレオとニナでアリシアを挟むような並びとなる。

 アリシアの空腹もあいまって、彼女の目には供された料理がまるできらきらと輝いているように見える。ショートパスタに艶やかに絡むソースの主役は、豚の脂と豆だ。ほどよく煮詰まっていて、食欲をそそるハーブのいい香りがする。屋台で供される食べ物だからもちろん冷めてはいるのだが、茹でた後のパスタにオイルがまぶしてあるおかげでパスタ同士が固まることはなくスプーンで簡単にほぐせるようになっていた。まずはひと口。

「おいしい!」

 塩漬け肉独特の凝縮された濃い旨味が豆やパスタのほのかな甘さを引き立てる。晩餐会向けのごちそうのようにスパイスを多用しているわけではないが、その分、素朴で滋味深い風味が体に染みわたるようだ。

「アリシア様、タルトも最高です!」

 ニナの声は幸せそうで、フォークを持っていない方の手を頬に当てて味わいの余韻にひたっている。妖精もつられて満足げな顔をしていて微笑ましい。

 アリシアが隣を見ると、レオも、おそらく自前で用意していたと思われる革製の持ち手がついた獣人用のスプーンで食事を始めていた。

「……あの、お食事中に申し訳ないのですが」

 話を切り出したのはイヴだ。

「アリシア様に折り入ってお尋ねしたいことがあるのです。あの……」

「村が直営荘園になるかどうかについての話かしら?」

 アリシアが、村人の懸念事項を話しやすいようにと思って話題にするが、イヴは首を振った。

「いいえ、その……あの人は」

「あの人?」

 一つ目のタルトを咀嚼し終えたニナがおうむ返しにする。

「レナルドは、何か、あったのでしょうか?」

 出てきた名前に、アリシアとレオの顔がほんの少し緊張した。アリシアが「どうしてそんな風に思うの?」とイヴに話の続きを促す。

「あの、こんなことを言っても信じてもらえないかもしれないと思うのですが、私にはどうしても彼が以前とは別人に思えて仕方ないのです」

「その話、詳しくお聞きしたいわ」

 アリシアが真剣な表情で受け止めてくれたことに、イヴは心からほっとした顔を見せる。

「椅子を借りてきましょう。イヴさん、ずっと立っていてはお腹がつらいでしょう」

 早くもパスタを食べ終えていたレオが(体格からすれば、屋台のパスタの一皿など彼にとっては数口で食べ終わるおやつの量だろう)、ベンチから立ち上がって申し出た。

「さすがのご配慮、感謝しますわ、マンジュ卿」

 アリシアがそう言うと、レオは「いえ、ついでに皿も返してきます」と屋台のほうへ歩き出した。どことなく、そのそそくさと去る態度が気になったアリシアだが、それよりも今はイヴの話が気になる。「一旦、こちらにお掛けになって」とイヴにベンチの席を勧めた。

「ありがとうございます」

 礼を言うイヴに、隣に座るアリシアが食事を進めながら「お腹の子、楽しみね」と微笑む。

「妊娠中は体調が安定しないと聞くわ。どうかご自愛なさってね」

 アリシアの言葉に反応したのか、令嬢のそばにいた妖精が興味津々な顔つきでイヴのまるいお腹に注目する。イヴは「あら、妖精さん。生まれたら、ぜひ赤ちゃんと一緒に遊んでね」と声をかけた。呼びかけられた妖精は誘ってもらったことに少しびっくりしたようだが、『ママ! あかちゃん! あそぶ!』と嬉しそうにアリシアに喜びを共有した。

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