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第12話 敵か味方か〈17〉

「つまり、アリシア様はジェイド様をお慕いと……」

「そう、推したいと……結婚したいとかそういうことは望んでいないのです。ただただ、自分の活力になってくれるというか」

 令嬢の話を受けて、レオは「……それは、まさに女神ライザの説く愛ということなのでしょうね」と口にする。

「そ、そんな大げさなものではありませんわ」

 アリシアは、「女神が象徴する義や愛を、わたくしはまだこれから探さなければいけない立場ですから」と恐縮する。

「それは私も同様です」

 レオがそう頷くと、アリシアは「マンジュ卿は、義や愛とはどういうものだと思いますか?」と尋ねた。令嬢は、ライザやルーシィから自分に課せられた使命を思い、その手がかりになればと真剣なのだが、レオは思わぬ内容をすぐ隣に座るアリシアから突然問われてどうにも落ち着かない。その真剣な表情は、問いに向き合わず逃げることなど許されぬほどに真摯なのだ。

「そ、そうですね。義とは、その個人にとって曲げられない正しさや道徳でしょう」

 レオの答えを聞き、「わたくしも同じように感じていますわ」とアリシアは相槌を打つ。

「幼い頃から親しんできた教えですけれど、ライザ様の言う『義を尽くし』という表現はどんな状況なのだろうかとわたくし時々考えますの。個々人の正義を尽くしたその先、ということでしょう? 皆好き勝手なことを主張して、どー考えてもケンカになってしまいますわ」

 不遜な言動や悪辣さで知られる令嬢の飾らない表現に、レオはつい小さく笑ってしまう。アリシアは「だから、愛が必要なのかしらって。わたくしは、そう思いましたの」と視線を自らの足元辺りへ落とした。

「女神様は、『愛を為せ』っておっしゃるでしょう? ライザ様にとって愛というのは勝手にいつの間にか生まれているものではなくて、意識して行動すべきものなのだろうなって」

 考えながら、アリシアは首をひねる。

「いえ、そうとも限らないのかしら? 子から親への愛って意識的じゃない気もしますわ。自然発生的に生まれているのはどちらかというと恋のほうかしらとも思うのですけれど」

 令嬢が、隣に座るレオを見つめて、「恋って、どうやって生まれるのでしょう? マンジュ卿は、お考えになったことがあって?」と意見を求めた。

「……こ、恋ですか」

 レオの声が明らかに上擦ったのだが、アリシアは気付かない。獣人貴族の彼は、普段あまり話すことのない内容に戸惑いながら自分の考えを整理しようとする。

「確かに、本人がそれと気付かないうちに相手を慕っているのが、恋なのかもしれません。思いがけない優しさにふれたり、相手が親しくする人間に嫉妬したり、いつの間にか相手の味方になりたいとか力になりたいとか思うようになって……」

 予想した以上にレオが一生懸命に考えてくれるので、アリシアはつい「とても実感のこもった分析ですわね。わたくしも同意ですわ」と微笑んだ。

 その瞬間、レオが目を見開いて固まる。直後、令嬢は「えっ」と驚いた。赤いのだ、レオの顔が。

「マ、マンジュ卿……?」

 ライオンって顔色変わるのかしら、と疑問に思う気持ちはあるものの、内面の感情にしろ見た目にしろ、とにかく隣に座る獣人貴族の彼は明らかに照れを見せている。

「す、すみません。こういう話に慣れていなくて……」

(あらあら、まぁまぁ……)

 ちょっと可愛らしすぎやしないだろうか、このサイズ感の屈強な獣人で……とアリシアはレオを見上げて動揺する。

(まぁ、でもあり得ないことでもないのかも。だってカウント方法の人間とのズレや幅でいうと、前に聞いた説明ではマンジュ卿の実年齢は高校生くらいで……人間換算で高めに見積もっても、新卒とか、せいぜい社会人三年目くらいのイメージだったはずだもの)

 アリシアは内心でうんうん、と頷き、「慣れていないなんて、そんなの何の問題もありませんわ」とアリシアは言葉を返す。

「大切なのはきっと、マンジュ卿がいつかお相手の方を見初めた後のことではないでしょうか。自然に生まれた恋が長じてお互いの気持ちが通じたなら、双方を尊重して生きていく……それが、ライザ様の説く『愛を為』すことの意味であるように思います」

 アリシアのセリフにレオは少しだけ冷静さを取り戻して「それは、きっと素晴らしいことですね」と口にした。アリシアは「マンジュ卿に相応しい方がいつか現れますよ」と主張する。

「わたくしも応援しますわ!」

 令嬢に笑顔でそう言われて、逡巡しつつもレオが何か言いたげな顔をした。

「あの、たった今、気付いたことなのですが、その、私が……」

 言いかけたレオだが、ほぼ同時にニナの声が届く。

「お待たせしました!」

 食事を運んできたニナの登場によって、レオとアリシアの間にあった、まるで学生同士が恋愛について胸中の高揚混じりに語らっていたような雰囲気はあっという間に立ち消えた。

「あれ? どうかされました?」

 それでも、ニナは何かを感じ取ったようで首を傾げてみせる。アリシアは「いいえ、何にも」と平静を装った。

(……うっかりしていたわ。ジェイドの名前を出してしまうなんて)

 元の世界の優子が贔屓にしていたキャラクター、ジェイドだが、あんな話の流れで元婚約者の兄の名前を口にしてしまったら、相当スキャンダラスな誤解に発展してもおかしくない。気を付けなくては、と令嬢は改めて肝に銘じる。

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