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第12話 敵か味方か〈16〉

 ふむふむ、と表情豊かに興味深げな顔をして話を聞くアリシアの様子が少しだけ店の主人の態度を軟化させていた。

「わたくし、お腹ぺこぺこですの。パスタもパンもタルトも、きっと全部平らげてしまうわ。

 マンジュ卿も、ニナも、同じオーダーでいいかしら?」

「あっ、アリシア様、ここは私が……」

 レオが支払いを申し出ようとしたところ、すかさずニナが店主の前に陣取って「お嬢様、私はそこまで今お腹に入らないかと思うので、エッグタルト二つがいいです……! レオさんはお嬢様と同じでいいですよね? 足りなかったらまた追加で」と注文内容を確認する。レオは完全にタイミングを逃してしまい、「ありがとうございます。では今回は甘えてご馳走になり、次の機会には私が」と感謝を表した。

「ニナ、二つでも三つでもよろしくてよ」

「ありがとうございます! エッグタルト大好きなんですぅ……! じゃあ、パスタ二皿、パン二つ、エッグタルト四つ……いや、五つで」

 楽しそうに微笑むアリシアとニナのやり取りを聞いていた店主が「あの」と声をかけた。

「うちのクリームは貴族の皆さんが召し上がるような、砂糖たっぷりの豪勢な代物じゃないですよ。ただの卵と牛乳です。パスタソースだって凝ったスパイスを入れてるわけじゃないし……」

 やや自虐めいた店主の言葉に、「あら」とアリシアはきょとんとして率直な所感を述べる。こういう感想語りは、元の世界の優子にとっても濃いファン同士のトークで馴染み深い。

「お金さえかければいいものとは限りませんわ。シンプルな材料だからこそ、目利きやこだわりによっておいしさが際立つ側面もあるのではないかしら? だって、このタルトの形。素晴らしく丁寧な仕事よ。大きさもフォルムも揃っていて、細やかな職人の腕をわたくしは感じましたもの」

 レオは、アリシアの遠慮のなさと人心掌握の巧みさに内心舌を巻いた。この人たらしぶりは、まさに生粋の貴族ならではの種類のものだ。

 立て板に水の令嬢からの褒め言葉に店主は一瞬固まり、それからやや高揚したような面持ちで「すぐご用意します」と告げる。

「楽しみですわ」

 店主が「あちらのベンチに座っていてください」と手をかざして席の位置を案内し、ニナが「私は支払いを済ませてから行きますね」と言うので、ベンチにはアリシアとレオが先に向かうことになった。

「きっと、マンジュ卿がこのピオ村に来ようとお決めになったタイミングのお心積もりと比べたら、随分問題に深入りさせてしまっていることでしょうね」

 アリシアがそう言うと、レオはしばし考えてから「それは確かにそうですが」と述べてから、「しかし、我が国の事業の影響が要因となっているならば、これはむしろ必要な罪滅ぼしです」と反論しつつ令嬢の姿勢に協調する。

「噂話でしかアリシア様を知らなかった頃の私は、あなたをひどく誤解していました。この時代に、領民のために躊躇なく頭を下げられる貴族が一体どれほどいるでしょうか?」

「もったいないお言葉ですわ。わたくし、聖人君子のような人物ではないのです。このピオ村にやって来たのは、マンジュ卿のために問題解決のためではありませんから。お恥ずかしい話ですが、ケイル様との婚約破棄が原因での辺境謹慎です」

 アリシアが肩をすくめ、その仕草の流れのままベンチに腰かけた。「失礼します」とレオも腰を下ろす。

「……ご婚約されていたケイル様とのこと、アリシア様が傷心でいらっしゃるのではないかと案じておりました」

「あら」

 レオ・マンジュの顔は、確かに動物のライオンそのままなのに、不思議と心情がよく伝わってくる、とアリシアは思う。あまりにレオが心配そうな顔をするので、令嬢は首を振ってフォローに回った。

「いいえ、心配ありません。そんな顔なさらないでください、大丈夫ですわ。自分の果たすべき役割がようやく見えてきた気がしているのです。それに元々、どちらかと言えばわたくしはケイル様より兄王子のジェイド様を……」

 あ。

(しまっ……)

 とんでもない失言に、即座にアリシアは自らの口元を押さえた。

 レオが驚いた顔をする。妖精は何が何だか分からない様子で、アリシアとレオを代わる代わる見つめてきょろきょろした。

「アリシア様が、ジェイド様を……?」

 レオの困惑は、それはもう当然だろう。

「……これは、聞かなかったことにしたほうがいいお話かもしれませんね」

 気まずそうに配慮しようとするレオの頭の中では、弟王子と婚約した令嬢が実は兄王子に恋心を抱いていたという報われぬ恋愛や政略結婚の犠牲となる切ないストーリーが展開しているのではないだろうか。アリシアは口元を覆った手を慌てて離し、弁解する。

「ご、誤解ですわ! これは、その、ファンというか、推し、そうジェイドは推しで……、あっ、いや呼び捨てはおかしいですわね⁉ えっと、わたくしはファンというか、応援や後押しというか、そういう意味で……」

 アリシアは何とか説明しようと言葉を探し、レオはそれを真剣に聞いて理解しようと努める。

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