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第12話 敵か味方か〈15〉

 レオは頷いた。

「話が途中になってしまっていましたね。

 ワントで近年研究されていた土壌改良の弊害ではないかと思ったのです」

 レオとアリシアが話し始めた隣で、ニナと妖精は暮れかけた空に白い満月を見つけたようで、指差して楽しそうにしている。

「土壌改良、ですか?」

 アリシアの質問に、レオは詳細を語っていく。

「我が故郷ワントは瑞夏ずいかの国、と表現されるように四季のうち夏が最も長くなる国です。秋冬の気温も高く、雪などめったに振らない。実る作物の種類は限られ、強すぎる日射によって枯れてしまう場合もある。それを改善するべく、土中の基素エーテルの比率を調整する研究が進められました。植物の生育に最適な状態を魔法によって作り出せないかと考えたのです」

「ワントは……、本当にロアラより随分魔法を活用しておられるのですね」

 そう言いながら、アリシアは自分の卒業要件の一つ──『大善たいぜんを知る雫』を思う。最上位混成魔法によってのみ得られると言われる、エーテルの複合基素結晶レペティティオ・クリュスタルス。いつかこのロアラで結晶について調べても答えにたどり着けなかったら、ワントへ魔法のヒントを探りに行く日が来るかもしれない。

 レオは「でも、往々にして、強すぎる魔法はリスクを伴うものです」と苦々しげな顔をした。

「広い範囲を管理できるものではなく、継続的に基素エーテルのバランスを整え続けるのは実用的ではないという結論となりました。周囲の土地に影響が出るのも良くなかった。過剰な基素エーテルは流出しやすいですし、不足する基素エーテルは近隣から取り込もうとしてしまう。周りの土地の生態系にとってダメージとなるのは必至です」

「それが、副作用というわけなのですね」

 広場の様子がアリシアの目に入った。先ほど隣を通った時よりは、人出は落ち着いているだろうか。レオが説明を続ける。

「土は、多くの微小生物の集合体みたいなものです。だとすれば、生き物の性質を魔法でどうにかしようとするのは難しかったのでしょう。そして、実験農場は全て閉鎖となりました」

 申し訳なさそうな顔でレオが「レナルドさんの話を聞きながら思い出したのです。その実験農場の一つはこのピオ村のすぐ近くにあると」と言葉を区切った。

「もしピオ村の農作の不振や赤字の原因が我が国にあるなら、捨て置くことはできません。できることは何でもさせて頂きます」

「い、いえ、不審者対策の見回りを引き受けてくださったり、わたくしを助け出してくださったり、もう十分にご協力頂いていて……」

 アリシアは反射的にそう言いかけてから、「マンジュ卿」と足を止めた。

「……すでにご助力頂いている身でありながらこんな風に望むのは褒められたことではありませんけれど、重ねてお願い申し上げます。ワントの方々が、その副作用をどのように克服されたのか、ご指導頂けませんでしょうか」

 深々と頭を下げ、アリシアはレオに協力を要請する。夕方のオレンジがかった色合いの光が藤色に近いプラチナブロンドのアリシアの髪を照らしている。

 レオは慌てて振り返り、「お顔を上げてください、アリシア様」と自分より随分低い位置にある頭を見て狼狽えた。

「……お力、貸して頂けるのですね?」

「協力させて頂きますとも。ですから顔をお上げに」

 ぱっと体勢を戻して姿勢を正し、令嬢はにっこりと微笑む。アリシアに懐いている妖精も、一緒に笑みを浮かべている。

「感謝いたします! マンジュ卿!」

 懇願の直後に見せるしたたかさ。

 レオもニナも思わず苦笑いだが、このバイタリティこそがかつて悪役令嬢とゲームファンが呼んだアリシアなのだ。

「さぁ、マンジュ卿、ニナ、屋台はすぐそこですわ。どんなメニューなのでしょうね」

 うきうきと令嬢が広場へ足を踏み入れる。

 レンガの敷かれた広場の中央には井戸があり、水を湛えた水盤が設けられていた。水盤は平たい皿のような形状で、水平に波打ったデザインの足が付いている。通り過ぎながら近くで眺めて、その水盤の支えは翼蛇つばさへびの姿を模しているのだとアリシアは分かった。翼蛇の見た目は、いわゆるドラゴンだ。細長い爬虫類のような体躯に、蝙蝠コウモリに似た翼が生えている。

 食事を供する屋台は木製で車輪がついており、水平の台の上にはタルトやパンが並んでいる。屋台からそう離れていない範囲に、複数人で座れるサイズの客用ベンチも三脚ほど設えてあった。

「いらっしゃい! 今日のショートパスタソースは塩漬け豚の脂とレンズ豆だよ! 

 ……あ」

 屋台のやや年配の店主が愛想よく客呼び込みの口上を発してから、領主の娘が来たのだと理解して気まずそうな顔をした。

「とてもおいしそうですね。ぜひ頂きます」

 アリシアは動じない。彼女の神経の太さのおかげもあるが、とにかく空腹だった。

「こちらのパンはどういったものですの? いい香りだわ」

「……タルトはエッグタルトです。小麦粉生地のカップに卵と牛乳で作ったクリームを詰めて焼いてます」

「あら、表面の焼き目がいい色」

 並んだ商品をしげしげと眺めて、令嬢はうっとりする。店主は、その隣に並べた商品を指差した。

「こっちはサワーだねの黒パンです」

「切り口の目の詰まり方で分かるわ。どっしりした見事な焼き上がりね」

「……これでもうちの名物ですよ」

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